~ミカンイロ王国のお話し~

小烏 つむぎ

「祈り」 ~ミカンイロ王国のお話し~ 前編

 その日、アオイロ王国のお城の高い高い塔の一番高い窓から、きらきらと輝く美しく薄青い光の粒があふれ、ゆっくりゆっくりと四方に広がっていきました。

風に乗り、鳥の翼や蝶の羽に運ばれた光の粒はきらきらと光りながらアオイロ王国の隅々にまで降りそそぎました。

空に漂う光の粒は、アオイロ王国のとなりのミズイロ王国、キミドリイロ王国。その向こうのキイロ王国へと流れていきました。

「その日」アオイロ王国の王妃さまが亡くなられたのだと、のちに人々は知ったのでした。


 

 アオイロ王国から遠く離れたミカンイロ王国は、日差しに恵まれ気候も穏やかな花の国として知られていました。

そんなミカンイロ王国の片隅にひとりの女の子がおりました。女の子の家族は村人たちと一緒に山のふもとで美しい花を作って暮らしていました。

おとうさんは体が大きく足も速く、遠く王宮のある街まで一日で花を売りに行くことができました。おかあさんは花束を作る名人で、おかあさんの花束が売れ残ったことは一度もありませんでした。

ある朝、いつものように女の子が花畑でおかあさんのお手伝いをしていた時のことです。

「おかあさん。見て!」

女の子は空を見上げて言いました。細い細い光の帯がきらきらと輝きながら空を渡っていました。

「どこまでいくんだろう。」 

光の帯は微かになりながら、おとなりのキイロ王国から反対側のオレンジイロ王国のほうへと繋がっているようでした。

「きれい。」

思わず手を伸ばした女の子の手のひらに、その不思議な光の帯からきらきらした粒が一つ落ちてきました。

女の子とおかあさんは降りてきた光の粒を大事に持ち帰り、家で一番きれいでどこも欠けたりしていない硝子のカップに入れました。

カップの中でふわりと浮かんでいる光の粒をみていると、そばにいる家族がとても愛おしくぎゅうっと抱きしめずにはいられません。そして何故か、とても悲しく泣きたくなってしまうのでした。


 そんなことのあった日から少しのち、アオイロ王国から遠く離れたミカンイロ王国の片隅にも、アオイロ王国が戦いをはじめたという噂が届くようになっていました。しかし賢明なアオイロ王国の王様が戦いをするなど、ミカンイロ王国の民は誰も信じませんでした。しかもアオイロ王国ととても親しいミドリイロ王国とだなんて!みんな悪い冗談だと、噂をする相手を諌めていました。万が一その噂が本当だとしても、アオイロ王国から遠く離れたミカンイロ王国になんの影響があるでしょうか。


 ある日のこと。女の子をとても可愛がってくれていた娘さんが、川を隔てた村の若者と結婚することになりました。花嫁には村人から真っ白いレースのベールを贈ることが古くからの慣わしです。昔ミカンイロ王国の王様にミズイロ王国のお姫様が嫁いで来られたとき、それはそれは美しいレースのベールを被って来られたのが始まりと言われています。さっそく村を代表して村長むらおさの奥さんが近くの町まで買いに出ました。

町には一軒だけですが、雑貨屋があるのです。この雑貨屋は生活に必要なものは何でも揃っています。赤ちゃんのおくるみに使うとても柔らかい布から、男の子が乱暴に履いてもなかなか擦り切れない丈夫な靴に、ふり向いてほしい娘さんにそっと渡すための細工の美しい櫛、素敵な若者からお祭りに誘われたときのためのうっとりするような香りの練り玉。もちろん花嫁の特別なレースのベールも。

でもその日、お店には花嫁のベールはありませんでした。

次に村長むらおさの息子が少し先の大きな町まで買いに行くことになりましたが、やはりその大きな町にも花嫁用のベールはありませんでした。

村人は困ってしまいました。このままでは花嫁に新しいベールを贈ることが出来ません。

花嫁になる娘さんも悲しくなりました。花嫁のベールなしに結婚式は出来ません。このままでは母が嫁いできたときの少し黄ばんだベールを被って結婚式に出ることになるかもしれないからです。

村長むらおさは村で一番遠くまで行くことのできる女の子のお父さんに、王宮のある街まで行ってはくれないかと頼みました。お父さんはその日のうちに村をでて王宮のある街に向かいました。

四日後、お父さんはやっと見つけた花嫁のベールとともに、アオイロ王国が戦争を始めたのは本当だったという知らせを持ち帰りました。道中で、戦いに行く兵士の隊列とすれ違ったといういうのです。



 その頃からだんだんとイロイロな王国の特産の品が村の市場やお店から消えていきました。ウミイロ王国の珍しい海の魚の干物も、ミズイロ王国の薄くて羽のように軽い布も、キミドリイロ王国の珍しい野菜も、ミドリイロ王国の精巧な置物も。キイロ王国の美味しい果物も、アカイロ王国の温かい毛織物も、ムラサキイロ王国の美しい貴重な石も。ハイイロ王国の黒い燃える石も、チャイロ王国の硬い木材も、とてもとても高価なものとなってしまいました。

同じころミカンイロ王国の美しい花たちもだんだんと売れなくなっていきました。イロイロな王国のすべての民が日々食べていくのに精一杯で、ミカンイロ王国の花を飾る余裕がなくなっていたのです。

女の子の家の食卓でも、美味しいハムや干し魚のシチュー、甘い果物は並ぶことはなくなりました。小麦粉もすっかり高くなってしまい、おかあさんの焼くパンは小さくなってしまいました。ごはんは裏の畑でとれる僅かな野菜と隣村で作っているチーズだけという日もあったくらいです。


 戦争をしているのは遠い遠いアオイロ王国のはずなのに。


              つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る