大人の入り口に立ったときの戸惑いを思い出す――

主人公は、大学生、菅谷貴幸。過去にいじめられた経験から他者との関係を疎にしていた。しかし、彼の静かだが空虚な日常は派手に着飾った同級生、山本優希の侵入を受ける。雨だれが水面に落ちるように、ぽつん、ぽつんと繰り返す優希との対話は、貴幸の心に波紋を広げ、やがて大きな波になって彼の心と生活を揺るがせる。

貴幸の傷ついたゆえの人に対する臆病さ、そしてそれを正当化するための考え方が初々しい。ともすれば、近視眼的で斜に構え過ぎな主人公に苛立たしい気持ちさえ起こるが、それは主人公のわだかまりをこれほどまで繊細に捉えて書き尽くせる技量の為せる技である。

いじめられていた時代に、唯一心を開くことのできた「小泉さん」との再会。そして、当時とは変わってしまい、世界に繋がりを見出した小泉さんに落胆する貴幸の心の描写が、本当にがらがらと崩れていくようで印象的だ。そして、腹いせに自分を慕う望月さんの心につけ入り、彼女を傷つける。望月さんの怒りを前にして「望月さんは僕が思っているよりも弱く、人間味のある子なのだと知った」と言い切ってしまう主人公のと若さゆえの傲慢さがリアルに突き刺さる。

ある意味、貴幸が経験している戸惑いや苛立ちはコップの中の嵐と言えよう。しかし、コップの中でも本人にとっては嵐は嵐。ずぶ濡れになりながら、人生の次のステップへの足がかりを模索する。そして最後にそのコップをぶち破り、素の自分で必死になって優希と心を通わせる。

昔若かった人が読めば、若さゆえの痛みが懐かしい、今同世代の人が読めば等身大のもどかしさに共感する。大人の入り口に立った時の戸惑いを、透明感の溢れる文章で感じて欲しい。