一・鬼月禁忌
1.
七月のある日、赤いワンピースを着た女の子が停留所でバスを待っていた。彼女はまだ小学生で、川遊びに行った帰り道だった。
人気のない街と、辺りを染めあげる赤い夕日――セピア色の世界の中で、彼女はたった一人きり。
道路脇のコンクリート壁にもたれかかり、上機嫌に口笛を吹いていると突然、ごう、と風が吹いてきた。
まだ湿った髪を揺らして振り向くと、彼女の視線の先には一台の古ぼけたバスが止まっていた。
時刻表を確認した彼女は訝しんだ。
「……おかしいな」
乗るつもりだったその日最後のバスは、まだこの時間には来ないはずであった。
でも、早く帰らないと、お母さんに叱られちゃう。
気が急いて、彼女はそのバスに乗りこんだ。足を踏み込むと、ギィ、と床がきしむ音が響く。
「あのー、すみません……」
車内に他の乗客はいないようだった。彼女はもう一度、今度はできるだけ大きな声で言った。
「このバス、駅の方に行きますか?」
運転手は無言だった。
「……」
彼女は怪しく思ったが、そうこうしている内に自動扉が閉まり、バスは発車した。
疲れていた彼女は一人で一番後ろの席に腰かけた。途端に眠気が襲ってきて、そのまま気を失うようにすうっ、と眠りに落ちてしまった。
ガタン、という大きな音と共に彼女は目を醒ました。
「うわぁっ!」
びっくりして、彼女はそんな情けない声を漏らした。気がつかぬ内に、ずいぶんと長い間寝てしまったようだ。
彼女は瞼をこすりながら、窓ガラス越しに外を見た。
辺りは真っ暗だった。どこかの田舎の山道を走っているらしいが、街灯も何もないせいで全く外の様子が見えない。
そして、何より重要なこと――
「……どこだろう、ここ」
そこは、明らかに彼女が目指していた場所ではなかった。周囲に駅はおろか町の灯すら見えず、彼女はひどく不安に駆られた。
道を間違えてしまった。
彼女は慌てて降車ボタンを鳴らした。
するとバスは道の脇にあった小さな停留所の前で乱暴に急停車した。おかげで彼女はつんのめって、前の席に頭をぶつけてしまった。
おでこを押さえつつ、運転席へと向かった彼女は降りる前に尋ねた。
「……あの、ここってどこですか」
その年配の男は帽子に顔をうずめたまま彼女に目もくれず、不愛想に答えた。
「『
どこの訛りともつかぬ言葉だった。
彼女は何かを言いかけて躊躇い、しょぼくれた顔でそのまま口を噤んでしまった。
「……すみません」
何も悪いことをしていないのに謝って、彼女は言われるままバスを駆け足で降りてしまった。
この時になって、彼女はようやく気付いた。
そのぼろぼろの停留所の名前が漢字一文字の「鬼」である、と。
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