3.

 ハルと冬明との最初の出会いは、偶然というには出来過ぎていたのかもしれないし、必然だったとすれば残酷だった。 


「づったすて? け?(どうしたの? 迷子になったか?)」

 冬明はこれまた独特な言葉遣いでハルに尋ねた。

「……まぐれ?」

「道が分からんけ?(道が分からないの?)」

「うん……」

 ハルはしおらしく俯いた。

「……家に、帰らなきゃ」

 ハルは焦ったようにそう呟いた。しかし、帰り道について考えようとするとなぜか頭痛がした。

「きっちゃん、づっからてざ?(君、どこから来たの?)」

 黙り込む彼女に冬明はこんなことを尋ねた。

「……『きっちゃん』って誰?」

 ハルは困惑したように聞き返した。

「ハハ、ちがちが。『きっちゃん』言うがは、『御前うめえ』て意味ざ。『ハルちゃん』て、んでんええ?(ハハ、違う違う。『きっちゃん』って言うのは、『お前』って意味だ。『ハルちゃん』て、呼んでもいい?)」

 冬明はもどかしそうな表情で続けた。

「……うん」

「ハルちゃん家は何処づくに有るざ?(ハルちゃんの家はどこにあるの?)」

 冬明が通じるように言い直してくれたおかげで、ハルはようやく質問の意味を理解した。

「アタシは……、東京の……」

 そこまで言いかけて、彼女は自分の家を教えるか迷った。

 しかし――

「『トウキョウ』? 何処づくん外地ざ、すりゃ?(『トウキョウ』? どこの県外の町だ、そりゃ)」

 冬明はてんで見当がつかない、という様子だった。

「え……? 本当に知らないの? 東京だよ?」

「うーん、聞いてつきねえな。西なら知っちゅるぜん(うーん、聞いたことないな。西京なら知ってるけど)」

 ハルは驚きを隠せなかった。

「そんな……。ちょっと待って、ここはどこなの?」

此処くか奈津崎なつざきざ(ここは奈津崎なつざきだ)」

 それは、ハルにとって全く聞き覚えのない地名だった。

「ナツザキ、って何県?」

「……? (奈津崎は県だよ、奈津崎県)」

 冬明としては、ただ何気なく返事をしただけだった。

「『ナツザキ、ケン』……?」

 ハルはぞわり、と総毛立つのを感じた。

「鬼」という名前のバス停、バスの運転手や冬明の奇妙な訛り――

 この時、彼女はようやく悟った――自分が異世界に迷い込んでしまったことに。

 アタシ、一体どこに来ちゃったんだろう。

 怖くなってきて、ハルはうっすら涙を浮かべた。

 これに困ったのは冬明の方だった。

「……たんま、うれむれぇ来るけ? あつ停車場ていしゃばまで案内すちゃる(とりあえず、俺の村へ来るか? 後で駅まで案内してあげる)」

 おろおろしてしまって、冬明はこんなことしか言えなかった。

「……アタシなんかが行ってもいいの?」

 目尻を指でこすりながら、ハルは不安そうに尋ねた。

支障ししゃーなせ、て。今日きゅーは祭りざげぇ(大丈夫だって。今日は祭りだから」

 あの時、冬明はなぜかハルから目を逸らした。

「祭り?」

「さーざ、早ぁ(そうだ、早く来な)」

 彼はそっけなくそう言って手招きすると、どこかへ向かって歩き出した。

「……ありがとう」

 ハルは小さく頷いて、強張った表情で笑った。

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