6.

 儀式の後、村人たちは三々五々に自分の家へと帰って行った。行く当てのないハルだけは、いつまでも集会所に残っていた。 

 座敷にいた村人たちは彼女を取り囲み、一様に不思議がった。

「くんぁ、たれざ?(この女の子は、誰の家の子だ?)」

「くったん赤っけ服、みったーなせな(こんな赤い服、みっともないな)」

御前うめえ屋号やがーは?(お前、屋号は?)」

 耳慣れぬ訛りと、降り注ぐ好奇の目。

 ハルは答えに窮して黙り込んでいた。すると、冬明が代わりに話し出した。

うれが連れてっけ(俺が連れてきた)」

 皆が注目する中、冬明は臆せず言い切った。

停留所ていりゅうじゅん辺りでまぐれてみてぇで、かまっちゅってげぇ(停留所の辺りで迷ったみたいで、困ってたから)」

 これを聞いて、その場にいた一人が声を上げた。

停留所ていりゅうじゅ、て……。北東ふくつーはーにあるアレけ?(停留所、って……。北東の方にあるアレか?)」

 冬明は真顔で頷いた。

「さーざ(そうだ)」

 その瞬間、その場にいた全員が眉を顰めた。一人の老婆が、ケガル、ケガルと言いながら、数珠を握って何やら拝み始め、辺りは不穏な空気に包まれた。

 来ちゃいけないところに来ちゃったのかな。

 明らかに歓迎されていないことを肌で感じて、ハルはますます委縮した。

 すると冬明は彼らを睨みつけ、いらだちを滲ませながら叫んだ。

今日きゅーぐれえ、ええっぱ? 何時いついき『人類じんるいみな兄弟きゅーでー』なづ言うちゅるがは、たれざ?(今日ぐらいいいだろ? いつも『人類皆兄弟』とか言ってるのは誰だ?)」

 これには冬明の父も我慢ならないというふうに口火を切った。

「フユアケ、大概てーげーにすんづ(フユアケ、いい加減にしないと殴るぞ)」

 父は息子の首根っこを引っ掴もうとしたが、一人の老人が彼を制した。それは、先ほどまで仮面をつけて儀式を行っていた道士様だった。

 彼はハルの方へ歩み寄ると、その場にしゃがんでハルの方をじっと見た。少し緊張して、ハルは思わず目を逸らした。

きーさん、えらさってっぱ?(君、疲れただろう)」

 彼はハルの肩に手を置いて、笑顔で穏やかに語りかけた。

「まぁ、今日きゅーはゆっくしねまり、旅っ(まぁ、今日はゆっくり休んで、お客様)」

 彼の鶴の一声で、部屋の中が水を打ったように静まり返った。

「……道士だーしさまが言うぜぁな(道士様が言うんじゃな)」

 冬明の父はチッ、と舌打ちした。

天宮てんぐうさん家が預かるぜぁ、うれらは関係くゎんけいなせ(天宮さん家が預かるんじゃ、俺らは関係ない)」

 他の村人たちもそれ以上追及しなかった。

 この集会所は冬明の実家で、道士様はここの家主だった。


 ハルが通されたのは、家の一番隅にある物置のような部屋だった。

 窓から差し込む月明かりが、埃っぽい空気に一筋の光を投げかけた。

「……あの人たちって、フユアケくんの親戚?」

 二人きりになってから、ハルは布団を持ってきてくれた冬明に尋ねた。

「うん。みぃんな親戚ざげぇ、屋号やがーんぢゅる(そうだ。皆親戚だから、屋号で呼んでる)」

「ヤガー?」

「くん村は陳内じんないばっかしざげぇな。うれ陳内じんない冬明ふゆあけざい(この村は陳内ばっかりだからね。俺も陳内冬明だよ)」

 冬明は、村の人は彼の家のことを「天宮てんぐうさん」と呼ぶ、とも語った。

「あのお爺さんは、フユアケくんのお爺さん?」

 ハルはかび臭い布団を敷きながら、道士様のことについて尋ねた。

「あぁ、うれざ(ああ、俺のお爺さんだよ)」

 冬明は床に散らばったゴミを片付けながらそう言って、ゲホ、と軽く咳き込んだ。

「偉い人なの?」

 ハルのこの問いに、冬明は目を背けたまま返事をした。

「……まあな」

 よほど先ほどお祭りのことが気になったのか、ハルは興奮気味にまくし立てた。

「さっきのアレ、何だったの?」

「アレ、て?」

「さっきやってた、何かの儀式、みたいな……」

「あぁ、『口寄くちゆせ』ざ(あぁ、『口寄せ』だ)」

「クチユセ……?」

 ハルにとっては何もかもが分からないことだらけだった。

 ここはどこなんだろう。

 あのお祭りは何なんだろう。

 しかし冬明はと言えば、ふぁあ、と大きく欠伸をした。

「はーるげぇ、また明日な(もう寝るから、また明日な)」

 ハルはまだ聞き足りないことがたくさんあったが、冬明はそれ以上彼女の質問に答えず、話を切り上げてしまった。


 部屋を出る間際、冬明は隣の部屋へとつながる襖を指さした。

「あぁ、うくん間にゃへーるな。神様かんさま御座うざーざげぇ(あぁ、奥の間には入るな。神様の部屋だから)」

 その黄ばんだ襖には、表面に何枚もお札が張られていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る