5.

「フユアケ! 何処づくすちゅっててざ!(冬明、どこをぶらぶらしてたんだ!)」

 二人の背後から、誰かが大声で呼ぶのが聞こえた。

 咄嗟にハルは体をビクッ、と震わせた。

 その男はひどくイラついた様子でつかつかと冬明の方へ歩いて来ると、彼の頭を軽く殴った。

 冬明があいっ、と悲鳴を漏らして後ろを振り向くと、そこには黒い刺青の入った上半身裸の中年男がいた。

御頂ういただき食うな、くんが(お供え物を食うな、このバカタレが)」

 その男は線香を片手に握りしめ、いかにも虫の居所が悪いというように冬明を見下ろしていた。

父様てさま(お父様)」

 冬明はきまりが悪そうに父の顔を見た。眉間に皺が寄ったその顔はまるで般若の面のようだった。

「早ぁ集会所しゅーくぇーじゅむつり、まだわっちゅらんづ(早く集会所へ戻れ、まだ終わってないぞ)」

 冬明の父はまだ言い足りないようだったが、急いでいるのか説教を一旦切り上げた。

「……分かりゃすて(分かりました)」

 冬明はしぶしぶ返事をした。 

「……この人、誰?」

 ハルはなるべく小さな声で聴いた。冬明は苦笑して、

っちゃん。あー、えっせ(父ちゃん。あー、怖い)」

 と、耳打ちした。

「くんたれざ? 見かくんつらざな(この子供は誰だ? 見かけない顔だな)」

 父はハルの方を一瞥すると、低い声で問いただした。

うれん連れざ、あれー……、学校ん(俺の友達だ、あのー……、学校の)」

 冬明がその場の思いつきで取り繕うも、父はフン、と不機嫌そうに鼻息を漏らした。

すら言いな(嘘をつくな)」

 ハルはできるだけ冬明が不利にならないようにあれこれ弁明した。

「……違うんです、さっき山で道に迷ってるところを助けてもらって」

 すると父は、口を挟んできたハルを軽く睨んだ。

御前うめえ外地ぐぇーちけ?(お前、よそ者か?)」

 まるで、何か汚いものでも見るような目だった。

 その冷たい視線に、ハルは何も言い返せなくなってしまった。

「……まぁせ。今日きゅーだきゃ(まあいい。今日だけは)」

 父は諦めたようにそう言うと、二人について来るように言った。

 ハルはとりあえず叱られなくてよかった、としか思わなかった。


 天宮さんのお寺の本堂は椨中村の集会所でもあるらしく、この日は村人たちに開放されているようだった。

 三人が到着した時、お座敷ではすでに何かの儀式が行われているようで盛り上がっていた。

冥府めいふは暗っれげぇ、冥途めいつは黒っれげぇ……(冥府から暗いから、冥途は黒いから……)」

 赤、青、黄色。南国風の色鮮やかな衣装を身に纏った女性たちが、音楽に合わせて歌いながら舞を披露している。村人たちはその周りに座って楽器を演奏したり、合いの手を入れたりしていた。

「このお祭りは何をする日なの?」

 お座敷に上がりながら、ハルは冬明に聞いた。

先祖せんずん霊った祀るざ。七月しちげつ鬼門きむんが開くげぇ(先祖の霊を祀るんだ。七月は鬼門が開くから)」

「キムン、って?」

「あっちゃくっちゃつな場所ばしゅざい(あっちとこっちをつなぐ場所だよ)」

 そんな話をしていると一旦踊りが中断し、先ほどの仮面を身に纏った老人が再び出てきた。今度は隣に一人の白髪の老女を引き連れている。

道士だーしさま

「イチナ様」

 村人たちは口々にそう呼びかけて、その二人に対して恭しく頭を下げた。

 偉い人なのかな。

 ハルは何も分からないまま、皆と同じように頭を下げた。

 お菓子や果物、卵などがお供えされた仏壇の前で、老人は手に取った線香を振り回してはその煙を全身に浴びていた。

 そして――

兄弟きゅーでーさま兄弟きゅーでーさまむけぇは今日きゅーでええざな?(兄弟様、兄弟様、お迎えは今日でいいのかな?)」

 老人は隣にいた老女に呼びかけた。彼女は数珠を握りしめしばらくブツブツと祈りを捧げていたが、突然ガクン、と首を上に動かし、何かが憑依したように高い声で話を始めた。

「ええ、悪っれなん区別?(いい人、悪い人、何の区別?)」

 すると老人は、歌うように朗々と声を張り上げてこれに応じた。

区別くべつえがぁ、当然事たーぜんくつ

 いちにん三位一体さんみいってー四海兄弟しけーきゅーでー五神様ぐしんさま兄弟様きゅーでーさま、クリスツ様。

 天地てんち万有ばんゆう神様かんさまらに拝謝へーしゃ拝謝へーしゃ

(区別がないのは、当然のこと。

 とにもかくにも三位一体、四海兄弟、五神様、兄弟様、キリスト様。

 ありとあらゆる神様がたに感謝、感謝)」

 歌うような節回しで老人がそう言い終わると同時に、再び踊りが始まった。

 あっちとこっちって、あの世とこの世のことかな。

 ハルは終始その何の宗教ともつかない奇妙な儀式に目を奪われ、ただただ場の雰囲気に飲まれていた。

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