縁結びのフライドチキン

江田 吏来

縁結びのフライドチキン

 朝から快晴なのに、わたしの心はずっと曇り空だった。

 四角い教室の窓からグラウンドの景色をぼうっと眺めても、待ち望んだお弁当の時間がやってきても、モヤモヤしたまま気分が晴れない。

 原因は昨日の夜。お母さんとケンカして、フライドチキンを食べ損ねたこと。 

 

 ちょっと部屋を散らかしただけなのに、ガミガミうるさいからムカついて口答えをした。

 それはいつものことだから、軽く言い争いをして終わるはずだった。でも、昨日は違う。

 いつも穏やかなお母さんがぶち切れた。


「せっかく麻実あさみの大好きなフライドチキンを作ったのに。部屋が片付くまで、晩ご飯はあげませんッ」


 あとで片付けるって言ってるのに、眉をつりあげて怒鳴るからわたしもカッとなった。


「はあぁぁ、フライドチキンなんて油っぽいもの、高校生のわたしは食べません。ニキビができたらどうするの」


 心にもないことを言ってしまった。

 お母さんのフライドチキンは、ひと口かぶりついたときのサクサク感が最高。

 そのまま歯にぐっと力を入れると、ほどよい弾力の肉にぶつかってジューシーな肉汁がぶわっとあふれ出す。

 同時に様々なスパイスの香りが食欲を刺激して、何本でもパクパクいける。わたしの大好物。


 でも、ちょっと体重が気になりはじめてから、お母さんは小麦粉のかわりに、おからパウダーでフライドチキンを作ってくれるようになった。

 気になるカロリーを抑えつつ、ニンニクや生姜でしっかり味付けされているから、おからパウダーも悪くない。むしろ食べやすくておいしかった。


 食卓にフライドチキンが並ぶだけで、わたしのテンションはマックス! ……それなのに意地を張ってしまった。


「ご飯を与えないって虐待だよ。胃もたれを起こすのも嫌だから、サラダだけで結構です」


 手間暇かけて、わたしのためにカロリーを抑えたフライドチキンを食卓に並べている。

 頭ではちゃんと理解していても、フライドチキンには手を出さなかった。

 ひたすらサラダを食べて、熱々の湯気が立つフライドチキンを横目に、かぶりつきたい衝動と戦う。

 わたしはつまらない意地を張って、いつも損をしていた。

 

「……はぁ」


 お腹が空いた昼休み。スパイスの香ばしさと、肉汁があふれるフライドチキンを想像してしまうと、もうダメ。ため息しか出てこない。

 後悔しながらお弁当箱を取り出した。

 二段弁当の下段は、鮭フレークに白ごまが混ざったご飯。明るい彩りで泣きたくなる。そして今日のおかずは――。


「あっ!」

 

 思わず声をあげてしまった。

 ほんのり白っぽいけど、皮の部分はこんがりきつね色のフライドチキンが、おいしそうな光を放っている。 

 夜遅くに帰ってきたお父さんが、山盛りだったフライドチキンのお皿を空っぽにしたから、もうないと思っていた。


「お弁当用に、残しててくれたんだ」


 お母さんのやさしさが身にしみると、鼻の奥がツーンと痛んで涙がこぼれそう。

 昨日は生意気なことばかり言って、結局、部屋の片付けもしていない。それでもわたしの大好物を知っているから、お弁当に入れてくれた。


 これはもう、ただのフライドチキンではない。 

 たくさんケンカをしても、おいしい料理を作ってくれるお母さん。家に帰ったらすぐに「お弁当、おいしかったよ。昨日はごめんなさい」って、謝ろう。

 全部食べて、仲直りのフライドチキンにする。


「いただきます」

 

 両手をあわせてから、わたしのお箸はフライドチキンに直行。でも、なにやら妙な視線を感じて、ハッとした。

 うっかり忘れていたが、ここは教室。周囲にはクラスメイトがいる。

 フライドチキンは骨付き肉だから、大口をあけてがぶりと食べるしかない。その姿は豪快すぎて、恥ずかしいような……。


 チラッと横の席に目を移した。 

 コロナ対策で、お弁当は自分の席で食べないといけない。

 机を勝手に動かしたり、教室の外で食べたりするのも禁止されている。だから今、わたしの横に座っているのはサッカー部のエース、御子柴みこしば颯流かけるくん。 

 

 運動神経がずば抜けている彼は、在学中にプロのサッカー選手になるらしい。将来有望だからいつも女の子に囲まれて、黄色い声援をあびている。

 ごく普通のわたしからすれば雲の上の存在だったのに、同じクラスになってしまった。それだけでもすごいのに、席替えで真横に。

 当然ながら、わたしは緊張して声をかけることもできない。


 でも御子柴くんは意外と気さくで、わたしのような目立たない人にも気軽に話しかけてくれた。

 たまに目が合うから、飛び出しそうな心臓の音とすぐ赤くなる顔を隠すのが大変で、毎日ドキドキしている。

 気がつけば、恋という名の沼に沈んでいた。


 そ・れ・な・の・に!


 今日のお弁当は、骨付きのフライドチキン。

 昨日の夕食はサラダだけ。朝は寝坊したからバターロールをひとつ。成長期の体にはまったく足りない。めちゃくちゃお腹が空いている。

 しかし、御子柴くんの真横でフライドチキンにかぶりつけない。

 食べたい気持ちと恋心が葛藤して軽くめまいを起こしたが、また妙な視線を感じた。しかも真横から。

 

「奥田はそのフライドチキン、食わないの?」

「ふぇぇ?」

 

 驚きすぎて変な声が出た。妙な視線の正体は御子柴くんだった。

 

「ちょっと食欲がなくて……」


 今にもお腹がなりそうなのに、か弱い女の子っぽくため息をついてみた。

 

「大丈夫か?」

 

 かっこいい切れ長の目に、心配の色が浮かんでいる。

 ウソをついたわたしの胸がズキズキ痛むから「御子柴くんが食べる?」と、半分冗談で言ってみた。


「え、いいの? 俺、フライドチキン大好物なんだ」


 顔をほころばせて、その言葉を待っていた! と、言いたそう。

 あふれんばかりの笑顔に、わたしも嬉しくなった。

 だけど、お弁当箱の中から大好物のフライドチキンが消えていく。

 家に帰ってから、こっそり食べる方法もあったのに、フライドチキンは御子柴くんの口の中へ。

  

 豪快にかぶりつき、軟骨までもゴリゴリと綺麗に食べている。

 あまりにもおいしそうにかぶりついているから、ダラダラとよだれがこぼれ落ちそう。

 わたしも食べたかった。

 あの柔らかい肉に歯を食い込ませて、一気に剥ぐ。

 スパイスの香りと、口の中で広がるうまみを噛みしめながら……。

 

「ん? そういえばこのフライドチキン、衣が」

「あっ! ごめん。このフライドチキンは、小麦粉じゃなくておからパウダーを使ってるの。おいしくなかった?」

「そんなのがあるんだ。ニンニクと生姜の味がしっかりしてて、うまいよ。これ奥田おくだが作ったの?」

「うん!」

 

 とびっきりの笑顔で、大ウソをつく。

 

「へぇー、すげえな」

 

 二本目のフライドチキンも、三本目、最後のフライドチキンも御子柴くんの口の中へと消えた。


「ごちそうさま。奥田が彼女なら、うまいものが食えそうだな」

 

 ほんのり頬を赤く染めてはにかんだ笑顔を見せるから、わたしの心臓はズキューンと撃ち抜かれてしまった。

 よし、決めた! わたしは、料理上手になる。

 家に帰ったらきちんと謝って、フライドチキンの作り方を聞きだそう。

 

 今日のお弁当は、お母さんと仲直りするためのフライドチキンだった。でもわたしと御子柴くんをつなぐ【縁結びのフライドチキン】と名付けて、作り方を完璧にマスターしてやる。


 本当にわたしが作ったフライドチキンを御子柴くんに。今以上の笑顔を引き出せるようにがんばって、胃袋をつかもう。


 曇り空だった心が、いつの間にか快晴に負けないくらい晴れあがっていた。






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縁結びのフライドチキン 江田 吏来 @dariku

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