第7夜 対峙

「てめぇら、ここがどこだかわかってんのか!」


「うるせぇ! お前らのモンじゃねぇだろ!」



 「シルバー」の中になだれ込んだ「アークライト」のメンバーと、待ち受けていた「ブラストヘッズ」の怒鳴り合いの中、双方のチームが入り乱れての乱闘が始まった。「シルバー」のフロアは2階から5階まで。5階のVIPルームにパズスはいるはずだ。その首を獲りさえすれば――全員がその想いだった。


 フロアには普通の客もいて、彼らがパニックになって逃げ惑う中、そこかしこで「アークライト」と「ブラストヘッズ」の戦いが起こる。その中を、僕とジェイ、そしてシモンは進んでいった。



「…………!」



 不意に、フロアの一部が開けた。向こう側に階段がある通路の手前――そこに、一人立っている男がいる。



「……来たか、人間たちよ」



 男が顔を上げ、言った。漆黒の髪に太い眉が印象的な男だ。身に纏ったスーツのシャープな印象と共に、その眼光がカミソリのように鋭くこちらを見据える。



「あんたもパズスの手下かい?」



 ジェイが言う言葉に、男は答える。



「俺の名はアモン。戦士だ。手下ではない」


「へぇ……それじゃ、なぜここに?」


「戦士の役割は戦うこと。決まっている」



 そう言ってアモンはネクタイを緩めながら前に進み出る。



「貴様らに『資格』があるかどうか……まずは見極めさせてもらおう」


「……………ッ!」



 その瞬間、得体のしれない殺気――とでもいうのだろうか――がフロアに立ち込めたのを、僕でさえその肌で感じた。この男、只者じゃない――!



「……なんの資格だかわからねぇが、その気だってんならやらないといけねぇな」



 そう言って進み出たのはシモン――どこに隠し持っていたのか、その両手に1本ずつ、鉤棍トンファ―を携えている。



「こいつの相手は俺がする。あんたは先に行ってくれ、ジェイ


「あんたで手に負えるのかい?」


「舐めるなよ。伊達にチームの頭を張ってねぇぜ」



 そう言ってシモンはアモンの前に進み出る。



「シモンさん!」



 僕は声をかけるが、既に戦闘態勢に入ったシモンは呼びかけには応えなかった。



「……行くぜ、ユート」


「……わかった」



 僕とジェイはフロアを回り込んで階段へと向かう。アモンはこちらを一瞥したが、すぐにシモンの方へ意識を戻した。



「……あいつ、強ぇな」



 走りながら、ジェイがそう呟いたのを僕は聞いた。


 * * *


 シモンが「アークライト」のリーダーになったのはごく最近のことだ。より正確に言えば、アークライトにはそれまでリーダーがいなかった。元々、ストリートダンスのチームでしかなかったアークライトは、活動を広げるうち、夜の街の揉め事の仲裁に入ったり、人脈を駆使して他のグループの影響を排除したりしてきた。しかしそれは、自分たちダンサーやその仲間――アーティストやDJ、そして彼らの活動を楽しみにするファンたちの居場所を護るためのもの。決して、誰かを支配しようとしていたわけではない。しかし、夜のストリートで生きる限り、「悪魔」たちとの戦いは避けられない――全ては、ストリートで夢を見る者たちのため、シモンは双鉤棍ダブルトンファ―を手にしたのだった。



「アモンさんとやら。俺には『資格』ってのがありそうかい?」



 シモンのその言葉に、アモンは少し、目を閉じ――そして言う。



「……弱き者であろうと、挑むのは自由だ」


「そうかい。それじゃ……そうさせてもらうぜ!」



 シモンは一気に間合いを詰め、正拳突きの要領で鉤棍トンファ―を真っすぐに繰り出す。アモンはそれを軽くステップしてかわす――



「……セィヤァッ!」



 瞬間、シモンがその身体をねじる――ダンスで鍛えられたその、しなやかで強靭な身体によって、加速した鉤棍トンファ―が円弧を描き、アモンに襲い掛かる――!



 ――ガッ!



 鈍い音が響いた。一歩、踏み込んだアモンが、その腕を折りたたみ、描かれる円弧の根元を受けたのだ。



「……はッッ!」



 短い気合と共に、アモンがさらに足を踏み込んだ。それと共に、突き出される掌底の一撃が、シモンの胴を捉える――!



「ぐはっ……!」



 細く背の高いシモンの身体が真後ろに吹き飛ぶ――しかし、シモンは空中でその身体をねじり、床を転がりながらもすぐに立ち上がった。



「……強い意志によって鍛え上げられた強靭な肉体だ」



 アモンが掌底を繰り出した姿勢のまま、言った。



「先ほどの一撃もいい。このアモン、腕が痺れたのは久しぶりだぞ。弱き者と言ったのは訂正しよう」


「へっ、あんがとよ」



 シモンは立ち上がり、再び鉤棍トンファ―を構える。アモンはそれを見て頷き、腰を落として身構える。それはまるで、中国拳法のような構え――



「かかって来るがよい、強き者よ……このアモンがそなたの『資格』を問おう」


「言われなくてもいってやるぜ……!」



 シモンが踏み込み、鉤棍トンファ―を繰り出した――


 * * *


 5階のVIPルームに、僕らは辿り着いた。ソファが設えられた豪奢な雰囲気の部屋――ガラス張りの窓越しに、吹き抜けになったフロアが見える。



「来たね」



 大きなソファーに腰かけ、足を組んでいた男が言った。



「思ったよりも早かったけど……女たちを逃がす時間はあったみたいだ。その辺は感謝するよ」



 そう言って男が立ち上がる。思ったよりも小柄な体格だが――短い髪にピアス、そして、見る者を魅入るかのような冷たく、細い目――間違いない、こいつがパズス――!



「……それで、君たちは俺になんの用?」


「用ってほどのもんじゃない。ただ……」



 ジェイが一歩前に進み出る。



「頼まれたんでな。あんたをぶっ潰すようにってね」


「……君にそれを頼んだのが誰だかわからないけど、俺がなにか、潰されないといけないようなことをしたかな?」


「とぼけるな!」



 僕は思わず、パズスに食って掛かる。



「お前が……『ブラストヘッズ』の方が先に他のチームを潰してまわってるんじゃないか! 自由を暴力で抑えつけやがって!」


「ふうん。けどさ……」



 パズスはソファに座ったまま、鼻で笑う。



「それはつまり、んじゃないの?」


「なっ……!?」


「これは重要なところだぜ、少年」



 パズスは身を乗り出す。



「俺は俺なりの正義でこのストリートを仕切っているつもりだ。そこに別の正義で文句をつけようってのは、お前の言う『暴力で自由を抑えつける』行為そのものなんじゃないのか?」


「それが、他のチームを潰してまわる理由になるわけが……」


「なるんだよ。血の巡りの悪いガキだな」



 パズスは立ち上がる。



「このストリートは、もう間もなく戦場になる。そうなった時に、女たちが安全であること……それがなにより優先する俺の正義だ。そのために、このストリートの勢力はひとつにまとまっていないとならない」


「……な……戦争……」



 パズスは顔を上げて目を見開いた。



「その正義に比べたら! てめぇらゴミ虫どもの自由やら命やらなんぞクソ以下だっつってんだよォ! わかんねーのかこのゴミ虫が!!」


「……こ、こいつ……!」



 ダメだ、まったく話が通じない――まるで違う生き物と話しているかのような、相手がまったくこっちを見ずに話しているかのような、そんな恐怖を僕は感じる。価値観の違いとか、そういう話以前の問題だ。



「……くだらねぇな」



 それまで黙っていたジェイが不意に口を開く。



「ほう……俺のいうことがくだらねぇって? そっちの連中が言う『自由』とやらがなにより大事だっていうクチか?」



 パズスは口元を歪め、言う。ジェイは帽子の鍔を跳ね上げ、パズスを見た。



「どっちもくだらねぇって言ってんだよ」


「……なに?」



 ――次の瞬間、雷鳴が奔ったように僕は感じた。ジェイの身体が電撃のごとく動き――そして、その拳がパズスの顔面に突き刺さっていたのだ。



 ――ゴォン!



 音が遅れてやってきて、パズスは吹っ飛んでソファに突き刺さっていた。



「……ごちゃごちゃと御託を並べるやつがてっぺん獲った試しはねぇよ、パズス?」



 拳を振り抜いたジェイが言った。その視線の先で、パズスが起き上がる。



「……一理あるよ。けどね……」



 パズスが顔を拭い、ジェイに向き直った。殴られた跡こそあるが、その顔は変わらず綺麗なままだった。



「だったら聞くが、お前に俺と事を構える理由があるのかい?」


「あるさ。偉そうにしてるてめぇが気に入らねぇからだ」


「なるほど、それは立派な理由だ」



 パズスはまっすぐに立ち、ジェイと対峙する。ジェイは帽子を目深に被り直し、拳を握った。

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