第4夜 「栄光の手」のネビロス
繁華街の中に、ちょっとした広場のようになった場所があった。大通りからは死角となり、大人数が集まれるような場所――つまり、こういうことには持って来い、ってわけだ。
広場の真ん中に、
「すまんなぁ、わざわざこんなところに来てもろて」
ネビロスがその細い眉をハの字に動かしながら言った。その表情は本当にすまなそうに見えるけど――でもこの人は
栄光の手の悪魔ネビロス――高度に組織化され、ピラミッド状に統制された「ブラストヘッズ」において、唯一、パズスから自由な行動を許された男。誰にも命令されず、自らの意志で動き、パズスの敵になる相手の前に現れ、潰す――夜の
「なにしろ、人とゆっくり話をするのに牛丼屋っちゅーのも、ほら、アレやろ?」
「俺は別に構わないけどな」
「そうはいかん。あんたはパズスの旦那の客人やからな」
慇懃に振舞ってはいるが、パズスでさえ一目置くその実力はどれほどか――なにしろ、ネビロスに襲われた者は二度と
僕は傍らに立っているシモンの顔を見る。その顔は険しく、二人の様子を見つめていた――あのオーガを一撃でKOした
「一応訊いておくで、
「まあね」
「ほなら、そっちのアークライトも両方潰す、ってのも本気なんか?」
「……ああ」
この状況に至っても、
「……なんでそんなことをするんや?」
ネビロスの問いに、
「例えば、雨が降ったり、地震が起こったり……疫病が流行ったりすることに、どんな意味があると思う? それと同じさ」
「なんやて?」
「……ま、強いて俺個人の意見を言うなら、そうだな……」
「偉そうなやつをぶっ倒すのが俺の趣味だからだ」
「……!!」
(危ないヤツだ……!)
どうも僕は、ヤバいやつに牛丼を奢ってしまったのかもしれない――
「……クックックッ、趣味かぁ。そらしゃーないなぁ。趣味やもんなぁ」
ドン引きする一同の中で、ネビロスだけが楽しそうに笑っていた。
「なあ
「行かねぇけどな」
「そうやろなぁ……」
ネビロスはこめかみをぽりぽりと掻き、糸目をさらに細めた。
「ま、ワイにはどうでもいいことや」
「……な……ッ!? ネビロスさん!?」
半モヒカンが身を乗り出した。ネビロスはそちらに向かい、手をひらひらとさせる。
「ワイはパズスの旦那に忠誠を誓っとるわけやない。ただ、あのお方が好きだからそのために働いとんのや」
そう言って、ネビロスは再び
「だから、
――その時、
「なんだ!?」
「見過ごすわけにはいかんのや。すまんなぁ、
手のひらを正面に向け、広げたネビロスの両手――そこから生える10本の指が、細く、長く――紐のように伸び、
――シュルシュルッ
音を立て、その紐――ネビロスの指先は弧を描き、渦を巻いてネビロスの周囲を踊る。
「ワイはネビロス……
その声と共に、長く伸びた“指先”が螺旋を描く――!
――ドドドドドッ!
「どわわわっ!?」
紐の先端が、頭上から降り注ぎ地面を抉った。広範囲に降り注ぐその指先は、
「
僕は逃げた先から顔を上げ、
「よけようともしてない!?」
「いや……違うな、見ろ」
僕と一緒に逃げていたシモンが言い、指さす先――
「軌道を見切り、最小限の動きであれをかわす……やっぱりあいつ、ただモンじゃねぇ」
シモンと僕の視線の先で、
「自分、ムカつくなぁ! その余裕なツラァ、穴だらけにしてやりとうなるわ!」
その声と共に、今度は10本の指先が大きな弧を描き、四方八方から
――ヴァッ!
逃げ場はない――と、そう見えた。でも次の瞬間、10本の指先は虚空を貫き、
「……必ず道はあるもんだ。希望が絶たれることはねぇ」
「速……ッ!」
まるで絹のように、無駄のない滑らかな動き。走り出した瞬間さえみせず、しかも依然としてハンドポケットのまま、
「おおぉるぁっ!!」
そしてそのまま、気合と共に繰り出す
「……フン」
――しゅるっ
と、ネビロスの顔がほどけた。
「……なっ!?」
柔和な表情を浮かべていたネビロスの顔が、無数の紐となって分解する――紐の束がふわりとキックをいなし、
「……なんちゅうか、言葉のアヤっちゅうヤツ? “栄光の手”つーても、実は手だけじゃのうてなぁ」
別の場所から、声がする。散った紐がしゅるしゅるとそこで渦を巻き、ひと塊になって人間の形を作っていき――そしてその中に顔が生まれ、それが笑った。
「……なんてやつだ……打撃じゃ倒せないのか……?」
シモンが息を呑んだ。そうか――あの時、牛丼屋にいつの間にか姿を現したのも、全身を紐と化して自由に移動できるから――!
「すまんな、
人間の姿を取り戻したネビロスが、心底すまなそうな顔で言った。喰えないやつだ――申し訳ないなんて微塵も思っていないクセに。
しかし、こんな化け物を相手にいったい、
「……俺がただの人間だとでも?」
「ほう?」
眉を動かすネビロス。
「残念だが、俺はただの人間じゃねえよ。お前よりも強い人間だ」
そう言って
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