第3夜 「求めよ、されば与えられん」
帽子を被った奇妙な男が牛丼を食べるカウンター席。その隣に僕が座り、僕らを挟んで左右に、ガラの悪い男たちが数人ずつ。そう広くはない牛丼屋のスペースに隙間なく詰め込まれた緊迫感。
それぞれ、ここで牛丼を食べている帽子の男・
敵対する2つのグループは、まるで先に声を発したら負けだとでも言うように、無言でひたすら、にらみ合っていた。店内の客や店員も、その空気に呑まれて会計を言い出すこともできずにいた。
「し……シモンさん!」
沈黙を破ったのは、まさかの僕だ。だって仕方ないだろう――視線がぶつかり合って火花を散らすその場所にいてみればいいと思う。
「僕、そこのイリヤの友達で……さっきイリヤは僕を助けようとしてくれて!」
「……ああ」
曖昧に頷くシモンに、なぜか僕はまくし立てる。
「あ、それで、こいつは
――そこまで言って、僕は「あっ」となり口を閉じた。振り返って見ると、ブラストヘッズの側の男たちのこめかみがぴくぴくと動いている。
「……仲間が世話になったな」
シモンが一歩、前に進み出て言った。言われた方の
「話がある。一緒に来てもらえるか」
「……おっと、こっちの話を先にさせてもらおうか」
反対側から声がかかる。側頭部を剃り上げた半モヒカン頭の男がシモンに向かい、口を開いていた。
「
パズス――その名前を聞いた瞬間、シモンたちアークライトのメンバーたちに空気が張り詰めたのがわかった。それはそうだ――その名は僕でも知ってる。この
「嫌とは言わせねぇ。わかるだろ?」
半モヒカン男が
「……そうは行かない。こっちの用事もあるんだ」
シモンが進み出て、半モヒカン男を制する。
「ああん? 雑魚チームのリーダーさんは引っ込んでろよ」
シモンは半モヒカン男の言葉を無視し、
「……単刀直入に言うぜ、
「……!」
それは突然の宣戦布告だった。ブラストヘッズの側が身構えるのに構わず、シモンは続ける。
「俺はこの
シモンは一気にそう言い切った。自身に溢れ、確信に満ちた態度と声。しかし――僕はそれを見ながら、なにか冷たいものが背中を這うのを感じていた。前々から噂にはあったことだ。「アークライト」が中核となり、反「ブラストヘッズ」の連合を作ろうとしている――しかし、そんなことになったらこの
半モヒカン男が口を開く。
「雑魚が粋がるのは嫌いじゃねぇぜ、シモン? だがな……」
半モヒカン男はシモンを睨み返し、不敵に笑う。
「残念ながらこいつは俺と来るんだ。パズス様の元で、お前らバカな雑魚グループ共を潰すのさ」
「……な……ッ!?」
今度は「アークライト」の側がざわめく。まさか、自分たちのところのオーガを倒した相手に報復するのでなく、仲間に引き入れようっていうのか――
半モヒカンの男は座ったままの
「
「…………」
「……
にたかる蠅になるなら、その時は俺たちがお前を潰す。全力でな」
シモンが言った。
「なあ
ブラストヘッズのメンバーが揃って、
僕はカウンターの中にいるリイナを見た。リイナは固唾を飲んでこちらを見守っていた。他の店員たちも、おろおろとしながらその場を動けずにいる。そりゃそうだ――喧嘩自慢の不良が10人、店の中で一触即発なのだ。慌てて店を出て行く他の客もいた。僕はその様子を見ながら、(あ、あいつ食い逃げだ)なんて他人事のように思っていたりした――
――トン
火花を散らす2つのグループの真ん中で、軽やかな音がした。
それは、軽い音だったにも関わず、店中の視線を集め――そしてその場にいた人々は皆、それが湯呑をカウンターに置いた音だと知る。
「……求めよ。そうすれば与えられる」
「いいぜ。お前らに力を貸してやる。俺は人の頼みは断れない性分だからな」
その言葉を聞いた僕らは、おそらくまったく同じ感想を同時に抱いたはずだ。すなわち――「どっちだ?」って。でも、
「俺たちにつくんだな?」
先に言ったのは「ブラストヘッズ」の半モヒカンだった。間髪入れず、シモンが口を開く。
「いや、こっちだ。こいつは俺たちと一緒に、お前たちと……」
「両方だ」
シモンの声を
「なに……?」
訝るシモンと半モヒカンの間で、
「両方だよ。両方の求めに応じ、お前ら両方をぶっ潰す」
「…………ッ!!」
戦慄が走る、というのはまさにこのことを言うのだろう。「ブラストヘッズ」と「アークライト」、
その時、僕らは気がついた。シモンも、半モヒカン男も気がついていただろう。10人に囲まれたこの状況で、既に戦闘態勢に入っている
(先に動いたら、やられる!)
その場にいた全員がそう思ったはずだ。その引き締まった身体に力が漲り、脊髄が戦闘に備える音がまさに聞こえてくるかのような、まさに圧倒的な存在感――オーガを一撃で倒したあの蹴りが今にも放たれ、そしてそこから逃れることは誰にもできはしない。そう確信させる、圧倒的な存在感。この場にいる全員を、本当にひとりで敵に回し、そして圧倒するだろうという、確信めいた確かな予感に背筋が凍る――
「……その辺にしとき、帽子の人?」
店内を破裂させそうなほど膨れ上がった
「……!?」
まるでスポンジのように柔らかい声――その主が、そこにいた。いや、でもまさか――いつの間に、
僕はシモンを見る。半モヒカンを見る。両方とも、驚いた顔のまま固まっている。リイナを見る。僕と目の合ったリイナは、首を左右にぶんぶんと振った。そうだ、確かにさっきまで、この男はここにいなかった――
「……ネビロスさん!」
半モヒカンの男が放った声に、その男は片手をあげて応じる。華奢な身体に、糸のような目。天を突くように逆立てた金髪に、その柔和な表情が不思議な印象を残す革ジャケットの男。だが、僕の知り限りじゃ、ネビロスと言ったら、それは――
「……どーも、
そこにいつの間にか現れた――いや、いつの間にか存在していた男、ネビロスはそう言って、手につまんだ紅ショウガを長い舌の上に乗せ、笑った。
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