第6夜 「岩の肌」のアサグ

 車が通るようなメインストリートから、入り組んだ裏路地に入ってその先。


 外観は小さな看板がひとつあるだけ――しかし、建物の中に入れば広大なクラブが何フロアにも渡って広がっている。そんな異世界みたいな体験が、夜の街の魅力だ。


 しかし、この「シルバー」ってクラブはそんな生易しいところではなかった。ドラッグが横行しているという噂だけではない。たびたび場所を移転して今どこにあるのかわからなかったり、その割には常に一定の客が集まっていたり。かつて芸能人が不祥事を起こしたっていう場所になったり、または行方不明になった女子高生がこの店でだけは目撃されていたりと、不穏な噂に事欠かない現場――魔界の入り口とでもいった雰囲気の付きまとう、そんな場所だった。


 僕とジェイがその店の前に辿り着いたとき、「アークライト」のメンバーが既に何人か、先に入り口を取り囲んでいた。しかし――



「ぐわばっ!?」



 突如、僕らの方に人間が吹き飛んできた。



「わわっ!?」



 慌てて身をかわすと、その男はアスファルトの上に勢いよく転がる。



「脆い……脆いネェ……脆すぎるヨ。ああ、なんということだろう」



 男の飛んできた方向から、野太い声が響いた。「アークライト」のメンバーが取り囲むその中心に、角刈りの男が立っている。



「私は悲しい。このように脆い者たちが、そのその命を無駄に散らすことが」



 角刈りの頭に角ばった顎、角ばった肩幅――すべてが角ばったようないかつい男。なのに物腰柔らかな声で、そしてその目元に化粧までしている奇妙な男だった。



「くそっ……」



 「アークライト」のメンバーが悔し気にうめく。よく見れば、その他にも倒れている男が2~3人。四角い男を取り囲む他のメンバーも、その場で立ちすくむばかりのようだ。その中にイリヤの姿もあるのを、僕は見た。



「舐めんじゃねぇぇッ!」



 イリヤが吼えた。そして、手にした警棒を振りかぶり、四角い男に踊りかかる――



 ――ガッ



 イリヤの振り回した警棒が、大きな弧を描いて四角い男のこめかみに叩きつけられ――そこで、止まった。



「ぐっ……!?」



 微動だにしない四角い男――見れば、警棒の方が曲がってしまっている!



「悲しい……悲しいネェ、非力であるということは、このように悲しいのだ」



 そう言いながら四角い男はイリヤの襟首を掴み、捩じ上げる。



「ぐ、ぐああああ!?」


「そのように非力でありながら……この『岩の肌』のアサグにこんな棒ッ切れを! 突き立てよったのかァァァ!」



 四角い男――「岩の肌」のアサグはそのまま、イリヤの身体を軽々と持ち上げ、逆の拳で思い切り、殴りつける!



「ぐぼっ!?」


「イリヤ君!」



 僕は吹き飛ばされたイリヤの身体を、受け止め――しかしその勢いを支えきれず、そのまま一緒になってアスファルトに叩きつけられた。



「ユート……!?」


「へへ……大丈夫? イリヤ君」


「お前……」



 僕らはなんとか立ち上がり、アサグの方へ向き直る。アサグはその顔を歪め、雄叫びをあげた。



「貴様らのように非力な虫けらどもが! パズス様に謁見しようなどとは46億年早いのだ!! 進化してから出直してきたまえ!!」


「くっ……」



 噂には聞いていた。「ブラストヘッズ」の幹部、岩の肌のアサグ――パズスに絶対の忠誠を誓い、その身辺を護る親衛隊。その強靭な肉体をKOできた者はこれまでに存在しないという――



「……46億年は待てねぇやな」



 ――と、アサグの前に進み出た者がいた。ジェイだ。



「悪いが、もう一匹虫けらの相手をしてもらえるか?」


「くくく……悲しいなァ。そのように虚勢を張るしかないのだなァ」



 アサグは指を鳴らし、ジェイに向き直った。ジェイは口元でニヤリ、と笑い――



 ――ガキィッ!



 次の瞬間、ジェイの右ストレートがアサグの顔面に突き刺さっていた。目にもとまらぬ速度の拳――しかし、アサグは身体は微動だにしていない。



「……虚勢が虚勢とわかる瞬間。悲しいなァ。それは悲しいことだなァ……」


「……そうかい」



 ――ドゴッ!



 ジェイは続けて、左のフックを叩きこむ。



「フン……虫けらが何度刺そうと、象を倒せるわけが……」



 ――ガキッ! ボグッ!



 アサグの様子に一切構わず、ジェイはその拳を叩きこんでいく。一発一発を全力で。そして淡々と。



「ちょ……おまっ、話を聞……ごぶっ」



 拳を受け続けるアサグの顔色が変わってきた。よく見れば、さっきから少しずつ、後ろに下がっている――?



 ――どごっ、どごっ、どごっ、どごっ、どごっ、どごっ



「あ、ちょっ、や、待っ……ちょ、ぐ、げ、が」



 いつの間にか、アサグはコンクリートの壁際に追い詰められ、中腰の状態で一方的にジェイの拳を受け続けていた。



「おおおおおらぁぁっ!」



 ――ガゴンッ!



 最後に、蹴りを一発。それでアサグの身体はコンクリートにめり込み、沈黙した。



「46億年遅ぇんだよ。石コロが人間様に偉そうな口を聞くんじゃねぇ」



 そう言ってジェイはこちらへと振り向く。



「……大丈夫か、ユート?」


「うん、ありがとう」



 振り向いたジェイに僕は頷く。横からイリヤも口を出した。



「すげぇな、あんた。あのアサグを……」


「そんなことより、急ごうぜ。パズスはあの中だ」


「ああ、でも俺たちだけじゃ……」



 そこへ、別の声がかかる。



「いや、すぐに行くぞ」



 見れば、その声の主は「アークライト」のメンバーを引き連れたシモンだった。



「扉は開かれた! このまま一気に畳みかけるぞ!」



 ――おおおおおおっ!



 集まったのは、恐らく「アークライト」の全メンバー――その全員が雄叫びをあげ、「シルバー」の中へ雪崩れ込んでいった。



「……さて、俺たちも行くとするか」



 ジェイが帽子を被り直しながら言った。僕はその言葉に頷く――暴力に支配されたこのストリートの情勢が、変わろうとしている。その瞬間に立ち会っているという実感に足が震えるような気がした。

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