第8夜 「熱波の王」パズス

「俺の顔に一撃入れたのは褒めてやるけど、お前は殺すよ?」



 パズスはそう言って一歩、前に進み出る。



「覚悟の上さ」



 ジェイは飽くまでも不敵に応じた。パズスはふん、と鼻で笑う。



「言うじゃないか。でもな……」



 そう言ってパズスは、ジェイに向かって手をかざす――



 ――ボッ!



 その瞬間、僕のいるところにまで熱風が飛んできた。前髪が焦げる匂い――その向こう側で、ジェイがその熱波に包まれていた。



「お前たち人間なんか、この程度で焼けてしまうんだろ? 一発先に殴らせてやったところで、ハンデにもなりはしない」



 パズスが発する熱波――空気が揺らぐほどの高温がジェイを包み、その帽子の先を、髪を、パーカーを焦がす。



ジェイ!」



 僕は叫んだ。パズスは顔を歪め、笑う。



「心配するな。貴様もまとめて、一瞬で焼き殺してやる……!」



 パズスがそう言うと、熱波の勢いがさらに増し、ついにジェイの帽子の先に火がつき出した――その様子を見ているだけで、眼球の水分が蒸発しそうになる。確かに、このままじゃこっちまですぐに焼けてしまいそうだ――



「……おぉぉるあぁっ!」



 ――と、ジェイが動いた。熱波の中を駆け、パズスに突進する。



「……ふん!」



 踊りかかるジェイの拳を、パズスはステップでかわす――しかし、それを追いかけるかのように、ジェイの蹴りがそちらへ飛んだ。



「くっ!」



 パズスはそれを腕で受け、防ぐ。そのまま勢いで後ろに下がり、ジェイと距離を取って立つ。



「こんなもん、熱いだけだろ? 我慢すりゃどうってことはねぇ」



 ジェイはそう言って、パズスにまた突進する。



「うおおおぉ!」



 パズスにラッシュをかけるジェイ。しかし、パズスはそれをかわし、また受けて直撃を避けていた。



「……それに、防戦に回ればお前の熱波は弱まる。そうだろ?」



 ジェイが言った。確かにそうだ――ジェイがパズスにラッシュをかけている間、熱波は弱まっていた。



「……ふん、小賢しい」



 パズスは頬を引くつかせる。



「ならば、こういうのはどうだ?」



 そういうとパズスは両腕を広げ、目を見開く――と、その全身が赤く輝き、熱波が溢れ出す。パズスの身体から溢れ出した熱波は、ソファなどの調度品を焦がしながら広がっていき、「シルバー」のフロア全体を包み込んでいった――


 * * *


「んがっ!?」



 アモンの掌打をまともに受け、シモンはフロアに転がった。アモンは構えを解かず――しかし、シモンの鉤棍トンファ―が掠めた額を拭う。



「くそっ……!」



 シモンは立ち上がり、再び鉤棍トンファ―を構えた。その時――



「……なんだ!?」



 フロア全体に、熱波が及ぶ。バーカウンターの上に零れた酒が、蒸発するような熱気が、周囲を包み込む。乱闘に興じる「アークライト」と「ブラストヘッズ」のメンバーたちもまた、その熱波に当てられ――



「ウ……ウオオオオオオ!!」



 熱波に包み込まれた男たちが吼えた。その目が明らかに正気を失っている。



「こ、これは……!?」



 シモンはその様子に驚きつつも、自分の中にもまた、狂騒が沸き上がってくるのを感じていた。



「……パズスの力だ。奴の熱波は人を狂奔させる」


「……!!」



 周囲の男たちが狂騒に駆り立てられ、暴動を始めていた。それまでの乱闘ではない――敵も味方も構わず、自分が傷つくことさえも一切厭わず、ただ暴れ、破壊の限りを尽くす。



「くそっ……!」



 やめさせないと――とシモンは思うが、しかし、どうすればいいかわからない。なにより、目の前には敵がいる。



「仲間を助けにいくか? だが、背を見せればそれを打つのが俺の戦いだ。わかっていような?」


「……ああ、よくわかった。つまりはあんたもパズスも、すぐにぶっ倒さなけりゃなんねぇんだな?」



 シモンは双鉤棍ダブルトンファ―を構え、腰を落とすアモンと再び、対峙した。


 * * *


「これは……!」



 不意に聞こえて来た外からの声。そして、ガラス張りの窓から見下ろすフロアで巻き起こる暴動。明らかに先ほどまでとは違う狂奔。まさか、これが――



「我は『熱波の王』パズス……人間どもの狂騒は我が最大の快楽。そして」



 パズスの身体の放つ赤い光が、強くなる――



 ――ブォン!



 と、次の瞬間、赤い光が尾を引いて奔り――パズスの拳が、ジェイを吹き飛ばした。



「ぐあっ!」



 ジェイの身体は廊下とVIPルームを仕切っていたガラス張りの壁を突き破り、毛足の長い絨毯の上を転がる。なんだ、このパワー――?



「我ら神魔にとって、熱狂こそは力……哀れな人間どもが熱狂するほど、我らの力は増す! 『熱波』によりそれを増幅し、この俺は無限に強くなるのだァァァァッ!!」



 立ち上がったジェイに、パズスが突進した。瞬間、その身体がブレたように踊る――



 ――ガガガガガッ!!



 瞬時に叩きこまれる拳と蹴り、その他無数の打撃。ジェイはそれらをまともに受けてまたも、吹き飛ばされた。


 なんてことだ――つまり、パズスの力は自分に熱狂する人間が多いほど強くなる。だから、他のチームを潰して「ブラストヘッズ」を拡大していたのか――本人によれば、それはこれから起こるという「戦争」のために?



「……ひとつ、教えておいてやる。人間よ」



 攻撃を放ち終えたあと、パズスは悠然として言った。



「お前の探しているエイはさっきまでここにいたぜ」


「…………!」



 エイ――ネビロスも言っていた名前。それを聞いたとき、明らかにジェイの顔色が変わった。一体、ジェイとどういう関係なのだろう。そして、その人物がここにいた、ということは――?



「彼女は俺のものだ。だからお前らがここに来るより前に逃がした。その方がお前も安心だろう?」


「そうかい」



 ジェイが立ちあがった。



「それじゃ、心置きなくお前をぶちのめしたらいいんだな」


「そういうことだ。お前にやれるならな」


「やれるさ」



 ジェイは帽子で膝を払い、被り直す。



「熱波だか熱狂だか知らねぇが、他人のふんどしで強くなって威張ってるやつに、俺が負けるわけないからな」



 顔を上げ、言い切るジェイ



「虫けら如きが、アサグ程度をぶちのめしたくらいで調子に乗るなよ?」



 パズスは言い、体勢を整えたジェイに向かう。二人の視線が交錯し、その腕に、脚に、力が漲り、そして――



 ――ドグォッ!!



 お互いに踏み込んでの、全体重を乗せた右ストレートが、交錯した衝撃で鉄筋コンクリートの建物が揺れた。



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