第4話 戦果、赫々たり。2

[まえがき]

フォロー、☆、♡等ありがとうございます。最終話、最後までよろしくお願いします。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 空母1隻と重巡2隻を撃沈したイ201は3時間ほど深度200で潜航したまま6ノットで戦場を離脱し、30キロほど戦闘海面から離れた海面に浮上した。


 時刻は現地時間で午後7時40分。日の入り時刻である。


「♪とーおき、うーみに、陽は落ちてー、……♪(注1)

 夕陽がきれいだなー」


 司令塔の上の露天ブリッジに久々に上がった堀口明日香艦長は上機嫌である。


「酸素魚雷2本受けて空母が無事なわけはないから撃破以上確実だし、いわんや大巡おや。3艦とも撃沈したと思うけど、一応二本ずつ魚雷を命中させたとだけ報告しておこう。のこのこ海上を潜望鏡で覗く以外に戦果確認の方法があればなー。これも課題だ。

 敵の稼働空母は太平洋にあと1、2隻か。もっといてくれればいいものを。

 残った魚雷は前に12本、後ろに12本か。太平洋に残っている大物を全部沈めてもお釣りがきてしまうな。

 機動部隊が沈めすぎなんだよ、全く。今度はわたしが全部沈めて獲物は独り占めだ!」


 謎の決意を固める明日香だった。



 露天ブリッジから発令所に戻った明日香はメモ用紙に、


『宛 連合艦隊司令部、および第6艦隊司令部。 発 イ201。

 日本時間6月3日、1200、敵空母および大巡を発見。位置、北緯YY度、西経XXX度。

 これを追跡し、1225雷撃を敢行。

 ヨークタウン型空母1に魚雷2本命中、撃沈は確認できず。

 ニューオーリンズ型と思われる大巡2に魚雷各2本命中。こちらも撃沈は確認できず』


「通信士、これを暗号にして送ってくれ」


「了解しました」



 日没後、イ201は微速でミッドウェー海域を遊弋し、充電を完了。乗組員も順次ブリッジに出て体を伸ばしたり、喫煙の明かりが見えないよう、しゃがんでタバコを吸って英気を養っている。



 日本時間、6月4日午前2時。現地時間6月3日午前6時。すでに陽は上っており、上空にハワイ方面からミッドウェー方面に飛行する大型機を認めたイ201は急速潜航し、潜望鏡のみで周囲の警戒を続けた。


 潜望鏡深度で1時間ほど潜航したイ201は再び浮上し、周囲を警戒する。



 現地時間午前8時、南東の海面に艦影を認めたイ201は再び潜望鏡深度まで潜航。


 明日香は発令所で潜望鏡を覗きながら副長の静香に向かい、


「空母がいたかどうかは確認できなかったけど、いてほしいな。

 おっと、敵の艦爆だ! 見つからぬうちに早めに深く静かに潜航だ。深度100まで潜っておくか。

 潜航、深度100、下げ舵10、前進半速6ノット


「下げ舵10、深度100」


「深さ30、40、……、深さ100、艦水平」


 イ201は明日香の手足のごとく操艦されて深度100で水平になった。


 ミッドウェーからここまで足の短い敵の艦爆は飛来できない。艦爆がいたということは空母が近くにいるということだ。


 ありがたい。


 聴音室から聴音情報が次々と発令所に上ってきている。


 明日香は一人ほくそ笑みながら、イ200型専用方位盤の脇に置かれた聴音レシーバーを耳に当て、


『おっ! 重そうな・・・・4軸推進音が1、……、2、……。

 昨日の空母に似てる音だ。太平洋には敵の戦艦はいなかったハズだから空母だな。あとの4軸は大巡か。フフフフ。

 ここから深深度雷撃をしてやろっと』


 などとつぶやきながら方位盤を調整し始めた。明日香は聴音員よりも耳がいいらしく、微妙な音の聞き分けもできるようだ。



「……。こんなところかな。

 全艦、魚雷戦用意!

 前部魚雷発射菅室、1番から6番まで、諸元送った。

 1番から4番、調定深度6。5番、6番調定深度3。

 後部発射官室、7番から10番。調定深度3で待機。1番から6番を発射後諸元を送る」


「艦長、今度の敵は?」と、静香が尋ねた。


「狙うのは空母が2隻、あとは巡洋艦3隻だ。狙った獲物は全部喰う。フフフ」


 どこか狂気をたたえたような目をした艦長の顔を見る副長の静香。


 鶴井静香のひそかな趣味は、アメリカの科学小説雑誌『〇メージング・ストーリーズ』を読むことで、戦争が始まる少し前から取り寄せることはできなくなったが、かなりの号数を大枚をはたいて東京の紀伊〇屋書店を通じて取り寄せている。その雑誌に載っていたマッド・サイエンティストとはこんな目をしていたのかもしれないと思ったが、そのことは明日香に言わないでいた。


 

 前部魚雷発射菅室からの発射準備完了報告に続き、明日香が順に発射を告げ、前部発射官室から発射完了の応答があった。


「左回頭180度、取舵一杯、……、舵中央」


 方位盤を調整し直した明日香が、


「後部発射官室、7番から10番まで、諸元送った」


『……、後部発射官室、7番から10番発射準備完了』


「7番、8番発射」


『7番、8番発射完了』


「9番、10番発射」


『9番、10番発射完了』


 ……。


「このまま離脱する。前進微速3ノット!」


 その後連続して魚雷の爆発音が聞こえた。最初に6回、少し間を開けて4回。全魚雷命中である。


「まあ、こんなもんだ。この深度からの雷撃だと敵もどこから撃たれたのか見当もつかないんじゃないか?」


 30分ほど海上で船が走り回る音と遠方で爆雷の爆発する音は何度か艦内に聞こえてきたが、やがてその音も聞こえなくなり、2時間後、イ201は海面に浮上した。



 戦後確認されたイ201のこの日の戦果は、


 空母 エンタープライズ 19,800 トン

 空母 ホーネット 19,800 トン

 

 重巡ミネアポリス 9,950 トン

 重巡ニューオーリンズ 9,950トン

 重巡ノーザンプトン 9,095トン

 の5隻で撃沈総トン数68,595 トン 魚雷10本で7万トン弱。

 昨日の戦果と合わせると、撃沈8隻、撃沈総トン数108,295トン


 魚雷合計16本での戦果である。




 こちらは機動部隊と連合艦隊旗艦大和を始め戦艦中心の砲戦部隊からなるミッドウエー島攻撃部隊の主隊。昭和17年5月27日に柱島泊地から出撃し、一路ミッドウエー島に向かっていた。主隊の出撃した前日にはダッチハーバーを目指す第二機動部隊が大湊港から出撃している。


 途中濃霧に悩まされるも、日本時間6月5日、現地時間6月4日5時30分、機動部隊はミッドウェー空襲隊、艦上戦闘機36機、艦上爆撃機36機、攻撃機36機、合計108機を発進させた。


 艦上戦闘機は瞬く間にミッドウェー側の直掩機を撃ち落とし、駐機中の水上機などを破壊していった。艦爆は対空陣地を、艦攻は基地施設を破壊している。


 さらに1時間後、第2次攻撃隊が第1次攻撃で撃ち漏らした諸施設を破壊した。第1次では空中退避中だった大型爆撃機も給油のため着陸しており、ことごとく破壊されている。


 その後、ミッドウェー島攻略は予定通り進捗し、翌々日6月7日、現地時間6月6日午後10時、ミッドウェー島に日章旗が翻った。



 この戦いで、空母機動部隊、戦艦部隊、いずれも敵艦を撃沈していない。イ201だけで海戦を終わらせてしまったようである。




 ミッドウェーで赫々たる戦果を上げたイ201だがどれも未確認の戦果である。魚雷は確かに命中しているし敵艦隊はいずれもハワイ方面に逃げ帰っている。とはいえ、ミッドウェー近海に敵艦隊どころか1隻も敵艦が存在しなかったことは事実であり、連合艦隊司令部ではイ201による3空母撃破は事実であろうと考えていた。



 イ201は残った14本の魚雷を消費・・すべくハワイ沖に向かった。うち2本を残し、ハワイに向かう輸送船を12隻撃沈したところで呉に帰投することにした。日本時間6月12日のことである。




 帰投後の戦訓研究会において、出席した艦政本部の技官に対し明日香が以下のことを要望している。


「全没状態での吸排気装置の開発」


「商船を沈めるには魚雷の破壊力が無駄に大きすぎる。小型の魚雷でいいから本数が欲しい」


「戦果確認手段が欲しい」


「深深度雷撃はわたしなら敵艦を見なくても方位盤を操作できるが、普通の・・・艦長には無理だ。大まかに狙いを定めて撃てば勝手に敵艦に向かって行く魚雷がないとイ200型の真価が発揮されない」


 こういった要望がイ200型の後継として計画中のイ400型と3式魚雷、および3式短魚雷の開発に生かされていくのだが、それはまたの機会に。


 さて、ミッドウェー海戦という歴史の節目が、堀口明日香とイ201によって文字通り吹っ飛んでしまいました。帝国の明日はどっちだ!



(終わり)



注1:

ドボルザークの「家路」とは全く関係ありません。



[あとがき]

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堀口明日香の仮想戦記その2、ミッドウェー海戦 山口遊子 @wahaha7

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