第3話 戦果、赫々たり。1


 昭和17年5月26日。早朝呉を出航したイ201は瀬戸内海を横切り、豊後水道を抜け2200海里先のミッドウェーを目指し真東に舵を切った。速力は12ノット。ミッドウェー海面への到着予定は8日後、6月3日である。ミッドウェーとは20時間の時差があるため、現地時間では6月2日となる。



「少々速度を上げても燃料は地球一周できるほどあるから全く問題ないな。潜っている方が抵抗少ないんだから、全没状態で空気の出し入れができればいいんだけどなー。何とかならんのかな。例えば潜望鏡みたいな吸排気管があればいけそうだけど。水が入らないよう工夫は必要だろうけど、それほど難しくもないんじゃないか?」



 何もない太平洋上での潜望鏡監視にも飽きてきた明日香は、艦長席に座って腕を組み、全没状態での吸排気装置について考え始めた。


「水中で高速航行するとなると吸排気管には相当力がかかるはずだから、強度と形状はしっかり考えておかなくちゃいけない。……」


 いろいろ考えながらへたな図面を書いているうちにそろそろ飽きて来た明日香は、


「詳しいところは機械屋に任せればいいや。帰投したら上に上げるよう、忘れないうちにメモだけはしておこう」




 6月3日午後0時。現地時間、6月2日午後4時。日没は午後7時40分。


 露天ブリッジに登った見張り員から、


『艦影発見、右60ろくまる、距離150いちごーまる(注1)』


「潜望鏡深度まで潜航! 下げ舵10度。取舵」


 3名の見張り員と、司令塔に詰めていた航海長も兼ねる副長の静香が発令所に下り、艦は潜航を開始した。


 艦が水平になり、潜望鏡が上げられた。


 潜望鏡を覗き見る明日香艦長。


「あの艦橋は空母だな。おっ! あっちは戦艦か? いや巡洋艦だな。ひい、ふー、みー。巡洋艦は3隻はいるぞ。駆逐艦は今のところ見えないがそのうち見えてくるだろう。

 ……、的針は北西。的速は10ノットってところだな。

 よーし、先回りして喰うぞ。

 潜望鏡下ろせ。第3戦速21ノット


 艦内で電池の配線が並列から直列に切り替えられて行く。




 午後4時25分。


前進微速3ノット

 潜望鏡上げ」


 潜望鏡に取り付いた明日香は潜望鏡を素早く一回転させてすぐに潜望鏡を下ろし、聴音室から直結した聴音レシーバーを耳に当て、あとは勘だけでイ200型専用方位盤を操作しながら、


「全艦魚雷戦用意!」


 艦内を乗組員たちが慌ただしく走り回る。


「面舵、……。

 舵中央」


 方位盤の最後の操作を終えた明日香は、艦首と艦尾にある発射官室に発令した。


「前部魚雷発射管室1番から6番まで、諸元送った。

 1番、2番、調定深度6、3番から6番調定深度3。

 後部発射官室、7番から10番は待機」


『『了解』』


 しばらくして、前部魚雷発射菅室から、


『1番から6番発射準備完了』


「1番、2番注水」


『1番、2番発射管注水完了』


「1番、2番発射」


 魚雷が発射されたわずかな振動と一緒に、発射官室からの報告が帰ってくる。


『1番、2番発射完了』


「3番、4番発射」


『3番、4番発射完了』


「5番、6番発射」


『5番、6番発射完了』


 発令所内でもかすかに魚雷の駛走音が聞こえる。


「面舵一杯。下げ舵30度、前進原速9ノット、180度回頭してこのまま最大深度まで潜る」


 イ201は30度の急角度で潜航を続けている。最大深度200メートルまで潜航するには50秒ほどかかる。


「敵艦との距離は30さんまるだ。えーと?」


「120秒です」と、副長の静香が線図をみて返す。


「深さ180」


「潜横舵水平、舵中央。後部バラストタンク注水」


「艦水平、深さ200、方位240」


「前進微速」


「前進微速」


 ぴたりと狙った深度でイ201は水平になった。艦尾は真東を向いている。


 ストップウォッチを持った静香が、


「110秒、11、12、……、120。時間です、21、22」


 ここで魚雷の最初の爆発音が聞こえてきた。そしてすぐ後にも爆発音。


「25、26、……、40」


 さらに2回連続した爆発音が聞こえてきた。




 聴音室に詰める聴音手から、


『複数の小型艦の推進音を感知。艦尾方向、距離10。直上通過まで15秒』


 発令所でも何かがこすれるようなスクリュー音がわずかに聞こえてきた。


『……、敵艦、通過しました』


「この深度でじっとしておけば何ともない。なにせ爆雷の発火深度はせいぜい100メートルだ。頭の上でいくら爆発してくれても痛くも痒くもないよ」


 と、余裕の明日香に向かって、静香が、


「艦長、先ほどの雷撃見事でしたね。さすがは魔弾の射手。それで何を狙ったんですか?」


「空母1隻と大巡を2隻だった。1発当てれば撃破できたがここは確実・・に息の根を止めるため1艦あたり2本撃ってやった。空母はヨークタウン型だったと思う」


「実戦で6発撃った魚雷が全て命中ということは、帝国海軍おろか全世界でも初めての快挙じゃないですか?」


「いやー、そうかなー、そうだと嬉しいけど、タダのまぐれだよ、まぐれ当たり。アハハハ。

 そういえば120を超えたあたりで海の音?がなにか変わったような気がしたけど副長はなにか感じなかったかい?」


「いや、私は何も感じませんでした」


「そうか。

 だけど今も敵艦が上を通多にしては、深度200といえども機関音だかスクリュー音が小さくなかったか?」


「確かに200メートルしか距離がないわりに音が小さかったですね」


「だろ」




 このころ2隻の大巡は既に沈没し、空母は右舷に2カ所大穴を開けられ、30度ほど傾斜しており、総員退艦が発令されていた。


 総員退避発令から5分後、空母は横転し赤い船腹を晒し艦尾から沈んでいき艦首側が持ち上がった。艦首側4分の1が海面から持ち上がったところでキールが折れ、空母は真っ二つになって瞬く間に沈んでいった。



 付近で潜水艦を警戒していた2隻の駆逐艦も残りの駆逐艦同様海に投げ出された乗組員の救助を始め、2時間後、全6隻の駆逐艦は甲板上に沈没艦の乗組員を満載してハワイ真珠湾に退却していった。



 戦後確認されたイ201のこの日の戦果は、

 撃沈

 空母ヨークタウン 19,800 トン

 重巡アストリア 9,950 トン

 重巡ポートランド 9,950トン


 の3隻で撃沈総トン数39,700 トン 魚雷6本で3万トンの皮算用は約1万トンのおつりが来たようだ。




注1:右60、距離150

艦首を0度として右舷側60度の方向、距離150×100メートル=15キロの意味です。



[付録]

イ200型潜航速度

微速 3ノット

半速 6

原速 9

強速 12

第1戦速 15

第2戦速 18

第3戦速 21

最大戦速 25



[あとがき]

ここでは、ミッドウェー時間は日本時間から20時間遅れているものとしています。

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