第2話 イ201、出撃
明日香が連合艦隊司令長官に直談判して3日が経った。
ここは訓練出航準備中のイ201の発令所。その奥まった場所にある艦長席に座る明日香のもとに連合艦隊司令部からの封筒が届けられた。中身は平文の命令書で、
『連合艦隊司令部命令第xxxx号(注1)
イ201は出撃準備を整え、独立第16潜水隊として6月4日までにミッドウェー島周辺海面に進出し敵艦船の捜索及び撃破を命ず。
なお、ミッドウェー島攻撃部隊の主隊の出撃は5月27日0600を予定。
連合艦隊司令部』と、あった。
「この艦の出撃日時は勝手に決めても良さそうだけど、いつ帰投せよとも書いてないな。書いてないということはできる限り継続するという解釈だよね。食料関係は目いっぱい詰んで2カ月だけどクェゼリンに寄れば食料と燃料は何とかなる。魚雷が無くなるまでハワイあたりで暴れてやろ。
魚雷の定数は30本。低く見積もってもわたしの腕なら命中率は5割。当たれば必殺の酸素魚雷だ。15隻は沈めることができるな。一隻1万トンとして15万トン(注2)。悪くない。
イ201には大砲がないから攻撃手段は魚雷だけだ。商船に魚雷はもったいないけど何を沈めようが撃沈トン数は撃沈トン数。撃沈総トン数世界一にわたしはなって見せる! フフ、フフフフ、ハハハハ」
ひとり書類を見てほくそ笑んでいる明日香を横目で見た静香は、明日香が出撃命令を受け取って喜んでいるのだろうと思い明日香にたずねた。もちろん明日香が出撃命令を受け取って喜んでいたのは事実だが、その先の捕らぬ狸の皮算用でほくそ笑んでいる。とは見抜けなかった。
「艦長、いやにご機嫌ですね?」
静香の声に振り返った明日香はニマニマしながら、
「出撃命令が出た。これだ」
そう言って書類を副長の静香に手渡した。
「6月4日までに作戦海面に到着できるようもろもろの予定を組んでおいてくれ」
「了解しました。魚雷が遅れた場合はどうします?」
「魚雷が定数揃わないとキツイけど揃ったところまでで出撃せざるえないな」
「了解しました」
「まあ、このわたしがこの艦の艦長でいる限り、大抵のことはうまくいくから安心してていいぞ。わたしはそういった星の下に生まれついているからな」
明日香が絡むとなぜか物事がうまくいってしまうという明日香の強運は、静香も認めているところである。
さらに明日香が静香に向かい、
「鶴井副長、きみにだけには教えておいてやろう。このわたしは撃沈総トン数世界一になる艦長なのだよ。この戦争が終わった後に世界各国で撃沈総トン数が集計されて発表されると思うけど、その一番上にこのイ201とわたしの名まえが載るのだ。フフフ、ハッハッハッハ」
「それって、いわゆる、捕らぬ狸じゃ?」
「今はな。だけど戦闘海面でひとたびわたしが戦闘態勢に入って魚雷を撃てば、かの魔弾の射手のごとく、ことごとく魚雷は敵艦の腹に吸い込まれて行くのだ。そうとも、わたしは魔弾の射手なのだ! ……」
危ない目をして妄想の世界に浸り込んだ艦長を放っておいて静香はてきぱきと艦内に指示を出していく。
「艦長、出港準備完了しました。曳船に合図します」
「任せた」
2隻の曳船に引かれたイ201は離岸してこの日も訓練航海に出発した。
5月25日。ミッドウェー島攻撃主隊出撃の2日前。イ201は順調に訓練を続け、昨日より出撃準備を続けていた。
当日午後4時。
港湾に停泊する各艦は出撃準備で慌ただしい。そのなかで、岸壁に係留されるイ201の前で不機嫌そうな顔で腕を組み、仁王立ちする堀口明日香中佐艦長の姿があった。
工廠の魚雷製造部の工員たちの徹夜作業の結果、最後の4本が今朝工廠内検査を終え完成してる。
連合艦隊司令部からハワイ、ミッドウェー関連の青焼きされた海図や今回の作戦用の暗号書などは既に届けられており、食料品などの搬入も終わって出港準備も整っている。しかし、魚雷だけは26本まで積み終えているが、完成した最後の4本がまだ艦内に搬入されていない。
「遅い。魚雷はまだか?
「どこも魚雷の積み込み中ですから運搬車の手当てがつかないのかもしれません。
ほら見えてきました」
ようやく魚雷を1本乗せた魚雷運搬車がけん引車に引かれてイ201が係留された岸壁に現れた。
魚雷運搬車からクレーンで吊り上げられた95式改酸素魚雷が乗組員たちの手によってロープを掛けられ、慎重に艦首近くの搬入口から艦内に収納されて行く。
「こう船が多いと夜間出撃は避けたいな。出撃は明朝にしよう」
「巡航10ノットでは間に合いませんから12ノットですね」
ミッドウェー海域まで4100キロ、2200海里。イ201の海上航行の最良燃費速度10ノットで進むと220時間となり、丸9日強必要となる。6月4日から逆算すると、出撃は遅くとも5月25日ということになる。燃費は悪くなるが12ノットだと、7日半となり1日半短縮できる。
「そうだな。一時は26本で13万トンも止むをえないと思っていたけど、定数の30本が出撃に間に合ったことを僥倖と思っておこう。これなら15万トン確実だ。13万トンと15万トンでは大きな違いだからな。
曳船は帰らせてくれ。明日の出航は0600だ」
「了解」
静香は26本で13万トンとか15万トンの意味は分からなかったが出航用に頼んでいた2隻の曳船に明日の6時に出航する旨を伝え、今日は引き上げるよう指示を出した。
イ201の前部と尾部のクリート(注3)につながれていた曳船からのロープが外され、2隻の曳船は引き上げていった。
結局、遅れていた魚雷の積み込みが終わったのは夜8時を回っていた。乗組員たちは遅い夕食を艦内で済ませ明日の出撃に備え当直以外の者は早々に就寝した。
翌朝6時、イ201は2隻の曳船に引かれ岸壁を離れた。イ201はこれより2200海里の波濤を越えてミッドウェー方面に進出する。
注1:
大海指以下の命令がどういう呼称なのか分からなかったので、「命令」としておきました。
注2:
Wikiによると、史実では、伊号第十潜水艦による撃沈総数14隻、計81,553トンが、帝国海軍潜水艦の中では撃沈隻数、トン数ともに第1位を誇る。だそうです。明日香の皮算用がいかに大きな数字であるかお分かりになると思います。
注3:
艦を係留や曳航する際にロープを結びつけるために船体に取り付けられた金具。イ201のものは鋼鉄製で抵抗を減らすため潜水時には艦内に格納される。
[付録]
イ200型要目
基準排水量 2,900トン
水中排水量 4,200トン
全長 84.0m
最大幅 9.1m
深さ 10.3m
吃水 8.5m
53センチ魚雷発射管×艦首6門、艦尾4門、魚雷30本
速力
水上 15kt
水中 25kt
安全潜航深度 200m
最大魚雷発射深度 150m
航続距離
浮上時 25,500海里(10ノット)
潜航時 500海里(7ノット)
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