堀口明日香の仮想戦記その2、ミッドウェー海戦

山口遊子

第1話 出撃前夜

[まえがき]

短編『堀口明日香の仮想戦記その1』

https://kakuyomu.jp/works/16816927861057867530 の続編の位置づけになります。

いちおう仮想戦記です。いろんなものが仮想なのでそのおつもりで適当にお読みください。

いつも通り、この物語に登場する人物・団体・名称・国名等、及び兵器・用語などはラシク書いてますが架空のものであり、実在のものとは関係ありません。

◇◇◇◇◇◇



 昭和15年3月に起工したイ200型潜水艦の1号艦は16年11月に進水し、イ201と命名された。電気溶接を全面採用した結果驚くべき速さで進水までこぎつけることができた。イ201は進水後、堀口明日香中佐を艤装委員長、鶴井静香少佐を艤装副委員長として艤装を開始した。


 昭和17年3月。イ201は足摺岬沖で艦船公試を、佐田岬半島沖で兵装公試を行い要求性能満たすことが確認された。イ201は実験潜水艦71号艦の各種実験からわずか3年で完成したことになる。イ201は4月1日付けで竣工し、同日第6艦隊に編入された。艦長、副長は慣例通り艤装委員長だった堀口明日香中佐が艦長に就任し、艤装副委員長鶴井静香少佐が副長に就任している。




 イ201は1カ月にわたり猛訓練を続け、暦は5月に入った。


 ここは、イ201の発令所。現在イ201は、訓練のため浮上航行し豊後水道に向かっている。艦長の堀口明日香中佐は鼻歌を歌いながら潜望鏡を覗き込んで豊後水道を往来する船や春の霞がかかった四国、九州の山野・・警戒しながめている。もちろん司令塔セイル内には航海長も兼ねる副長の鶴井静香少佐、その上の露天ブリッジには見張り員が出て艦長の代わりに周囲の海面を警戒している。


「♪これがわたしのフネー。フネー。フネー♪ フフフフ。ここで一句、春の海 終日ひねもすのたり のたりかな。おっ! 鯨が潮吹いた!」


 航海士に警戒を任せた副長の鶴井静香少佐が司令塔から下の発令所まで下りてきて、潜望鏡を覗き込んでご機嫌の艦長あすかに向かって、


「艦長、連合艦隊がこぞってミッドウェーに向かうという噂はご存じでしょう?」


「そういう噂をどこかで聞いたような気がする。しかし、艦隊の動静は軍機だろ普通? 大丈夫なのか?」


「その辺りは良く分かりませんが、来月末には出撃するそうですよ」


「それが?」


「この艦も作戦参加しませんか?」


「なんで?」


「この艦の性能を実戦で試したくはありませんか?」


「英語で言うとコンバット・プルーフってやつだよね? 確かに実戦でなければ見えてこないこともあると思うけど、いくらわたしが優秀といっても乗組員あっての潜水艦。竣工間もなく訓練も未成のこの艦で戦えるかな?」


「まだ1カ月近くありますし、ミッドウェーまでの航海中にも訓練可能です。1カ月あれば、この艦用に開発された95式改酸素魚雷が定数そろいます」


「休日返上は当たり前として、1カ月もあれば何とかなりそうではあるな。魚雷が定数揃えば十分暴れられる。か?

 よーし分かった! 連合艦隊司令部のある大和にいって長官に直談判だ!」


「連合艦隊司令部、それも長官にいきなりですか?」


「6艦司令部はいまトラックだし、『将を射んとすればまず馬を射ろ』というが最初から将を狙えるなら狙った方がいいに決まっている」


「そうでしたか、さすがは艦長ですね」


「上を目指すには、上の知己を得ておくことは必須なのだ」


「なるほど。勉強になります」


副長しずかは心配する必要はないと思うぞ」


「?」


「このわたしはいずれ将官になるが、わたしが引き上げてやるから大船に乗った気でいてくれ」


「その節はよろしくお願いします」


 副長の務めも大変だと思う鶴井少佐だった。





 今回の訓練を終えたイ201は翌朝呉に帰投した。明日香はその足で内火艇を仕立て柱島泊地に停泊する大和に向かった。イ201の乗組員は今日明日と半舷上陸としている。


 明日香は内火艇から大和の舷梯に飛び移り、タッタッタッタと駆け上がり当直の下士官に来意を注げたところ、そのまま司令長官公室まで案内された。


 そこでかなり待たされるのかと思ったが、さほど待つことなく部屋に通された。(注1)


「堀口中佐、わざわざ俺の顔を見にきてくれたのか? ワハハハ」


「お久しぶりです。長官にお願いがあって参りました」


「ほかならぬきみの頼みとあらば、俺のできる範囲で対応してやろうじゃないか」


「ありがとうございます。

 連合艦隊がこぞって近々ミッドウェーに向かうという噂を聞き、私のイ201も参加させていただきたくこうしてお願いに参りました」


「ミッドウェー攻略の噂はわが方が意図的に流した噂だよ。きみまで信じてくれたということは効果があったようだね」


「えっ! ということはタダの欺瞞だったのですか?」


「いや」


「ということは?」


「われわれがミッドウェーに出かけることを敵さんに教えてやれば、敵さんもそれ相応のおもてなしをしてくれるだろ? そういうことだよ」


「なるほど。敵を一網打尽に。ならば、イ201は作戦参加してもよろしいのでは?」


「そうだな。秘密兵器を秘密にしたままでは宝の持ち腐れだ。前向きに考えておこう」


「よろしくお願いします。それでは失礼します」


「まてまて、お茶でも飲んでいけ」


「はい」



 しばらくお茶を飲みながら連合艦隊司令長官と雑談し、頃合いを見て司令長官公室を辞した明日香は、大和から内火艇に飛び乗って呉に帰っていった。内火艇で瀬戸の潮風を吹かれながら明日香は終始ニヘラ笑いをしていた。


『うまくいったー!

 よーし、これで作戦参加は決定だ!』




注1:

数少ない女性海軍士官の中で最も昇進の早い堀口明日香は連合艦隊司令長官を始め多くの海軍軍人から注目を集めている。上司に取り入るのが上手いが、そこにいやらしさがないため、周囲などからの反感はほとんどない。



[付録]

95式改酸素魚雷要目

直径 533ミリ

全長 7.150メートル

重量 1,700キロ

炸薬 400キロ

雷速 48ノット 射程 9,000メートル

雷速 40ノット 射程 16,000メートル

実用最大深度 200メートル

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