第13話 別れ・・・・そして

「リリィさん」

「なんだい?」

「ボク、リリィさんの『弟子見習い』なんだよね?」

「あぁ、そうさ」

「じゃあ、ボクに魔法を教えて!ボクも、魔法が使えるようになりたい!」


今日も今日とて、空飛ぶ箒を追いかけてリリィの家へとやってきたワタルは、そう言ってリリィにペコリと頭を下げた。

そんなワタルを、リリィは何とも言えない複雑な表情を浮かべて見ていたが。


「お前は、どんな魔法が使いたいんだい?」

「ボク、リリィさんみたいになりたい!」

「あたしみたいに、だって?」

「うん!リリィさんみたいに、かっこいい魔法使いになりたいんだ、ボク!」


ニヤリと笑うと、リリィはワタルの額を軽く指で小突いた。


「生意気なガキだねぇ。あたしみたいになろうなんざ、100万年早いんだよ」

「えへへっ」


小突かれた額を押さえ、照れ笑いを浮かべるワタルにリリィは言う。


「お前には、お前にふさわしい魔法があるんだ。あたしみたいになんざ、なる必要なんてないさ」

「ええぇっ?!でも・・・・」

「あたしとお前じゃ、性格も何もかも違い過ぎるだろう?自分に合わない魔法なんざ、使ったところでロクな事になりゃしないんだよ」

「そうなの?」

「あぁ、そうさ。お前、『弟子見習い』のクセに、師匠のあたしの言う事が信じられないってのかい?」

「いっ、いえっ、そんなことない、ですっ!」


腕を組んでギロリと睨むリリィに、ワタルは恐れをなして慌てて大きく首を振る。

そのワタルの姿に、リリィは小さく吹き出すと、ワタルには聴こえないくらいの声で呟いた。


「そろそろ潮時、ってことなんだろうねぇ」




「ここに立って目を瞑りな」

「こう?」

「ああ、そのままじっとしてるんだよ」


リリィに言われた通り、目を瞑って立つワタルの胸、頭、口元に、リリィは順番に呪文を唱えては、そっと手で触れていく。

リリィが手を触れた場所からは、温かなものがワタルの中に流れ込んでくるようで、ワタルはウットリとその心地よさに身を委ねていた。


「目を開けな」


ワタルの目の前に立つリリィは、どこか誇らしげな表情でワタルを見ている。


「これでお前も、立派な魔法使いさ」

「えっ?」


言われたものの、ワタル自身には何の変化も無い。


「ボク、どんな魔法が使えるようになったの?」

「それはこれから、自分で確かめるんだね」

「ええっ?」


リリィに言われて試しに指を宙に向けて振ってみたものの、何も起こる気配が無いし、宙で指を弾いてみても、何も無くなりはしない。

ワタルが困惑顔をリリィに向けると。


「さ、魔法使いになったお前は、あたしの『弟子見習い』からも卒業だ。もうここへは来るんじゃないよ」

「・・・・えええぇぇっ?!そんな、リリィさんっ」

「何情けない声出してんだい。当たり前だろう?魔法が使えるようになった弟子は、独り立ちするもんだからねぇ」


リリィの言葉に、ワタルは呆然としてその場に立ち尽くしていた。

その間にも、リリィはワタルを追い出そうと、ワタルに向かって片手を上げ始める。


「リリィさんっ、お願いっ!ボクに、アレを少しだけちょうだい!」

「なんだって?」

「お願いだよ、だって、今日が最後なんでしょっ?!少しだけ、ほんの少しだけでいいからっ!」


必死の形相でワタルが指さしたのは、棚に置かれた虹色の粉が入った瓶。

それは、リリィの作った、【夢を叶えてくれるクスリ】。


「はぁ・・・・最後まで手のかかるガキだよ。仕方ないねぇ」


リリィがワタルに背を向けて、虹色の粉を小瓶に移し替える。

その隙に。

ワタルは、【守り玉】を一粒口に放り込んだ。

それは、以前にリリィがワタルに持たせてくれたもの。

リリィへの嫌がらせのために悪い魔女たちに捕らえられたワタルは、リリィの【守り玉】のお陰で難を逃れたのだが、ワタルはその後も残った1粒をお守りのように持ち歩いていたのだ。

口の中に入れたとたん、苦味が口いっぱいに広がる。


(リリィさんはきっと、ボクにリリィさんの事を忘れさせるつもりなんだ。ボクに魔法をかけて。でもボク、リリィさんの事、忘れたくない!絶対に、忘れたくなんか、ないっ!)


「いいかい。むやみやたらと使うんじゃないよ」

「うん。ありがとう、リリィさん」


クスリのことだけではなく。

リリィと出会ってからこれまでの事を思いだしながら、心を込めてワタルは感謝の言葉を口にした。

涙をこぼさないように、グッと堪えて。

満面の笑顔で。


「達者でな、ワタル」


そう言ってリリィは、指先から淡く優しい光を放ちながら、ワタルに向かって宙を指で弾く。

次の瞬間。

ワタルはいつものように、家の前に立っていた。


(リリィさん・・・・うん、覚えてる。大丈夫、忘れてない)


笑顔が崩れ、ワタルの目から涙が零れた。

その涙を袖口でグイッと拭うと、ワタルは真っ青な空を見上げる。


(ほらね、言ったでしょ。ボク、絶対に忘れないって)


小さく笑うと、ワタルは家の中へと入って行った。




時は流れ。

定年を迎えたワタルは、多くの人に見送られて職場を後にした。

ワタルの職業は、カウンセラー。

多くの人がワタルの言葉に救われたと、感謝の言葉を述べていた。

誰が呼び始めたのか、ワタルはこう呼ばれていた。


【言葉の魔法使い】


と。


(リリィさん。あなたがボクにくれた魔法は、【言葉の魔法】だったんですね)


あの日。

リリィはワタルの胸・頭・口元に、魔法を施した。

胸で感じ、頭で考え、口から紡ぐ言葉の魔法。

ワタルの魔法は、悩みを抱える多くの人々を救い続けた。

職は退いたものの、ワタルはこれからも多くの人々を、リリィのくれた【言葉の魔法】で救いたいと思っていた。


だが、その前に。


「あなたに、お礼が言いたいんです。だから、もう一度だけ。会いに行っても、いいですよね?」


そう呟き、ワタルはリリィから貰った小さな瓶の蓋を開ける。

中に入っているのは、虹色の粉。

それは、【夢を叶えてくれるクスリ】。


「怒られるでしょうね、きっと。でも、いいんです。思い切り怒ってください。出来損ないで頼りない、あなたの『弟子見習い』を」


虹色の粉を口に含んで飲み下し、良く晴れた真っ青な空を見上げる。

リリィに魔法を授けて貰って以来、どれだけ空を探しても、ワタルは空飛ぶ箒を見つける事ができなかった。

だが。

見上げた空には、子供の頃に夢中になって追いかけた、あの空飛ぶ箒が。


「リリィさんっ!」


転ばぬようにしっかりと足を踏みしめながら、ワタルは空飛ぶ箒を追いかけ始めた。



【終】

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魔女の小言~少年と魔女~ 平 遊 @taira_yuu

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