第12話 【絶対】なんて、それこそ絶対に無いのさ

「リリィさん」

「なんだい?」

「リリィさんは、寂しくないの?」


ワタルの言葉に、リリィは目を丸くしてワタルの顔を見た。

今日も今日とて、空飛ぶ箒を追いかけてリリィの家へとやってきたワタルは、リリィに言われた通りに瓶にラベルを貼りながら、隣で薬作りをしているリリィに何の気なしに問いかけてみたのだ。

ずっと、思っていたことを。


「あたしが、寂しくないか、だって?」


そう言うと、リリィは大口を開けて笑い始める。


「あっはっは!お前は面白いガキだねぇ」

「ボク、面白いことなんて、何も言ってないよ!」

「それなら尚の事、傑作ってもんさ」


瓶の中に入っている真夜中のような深い藍色の液体にリリィが呪文を唱えると、そこに浮かび上がっていたのは、金色や銀色の小さな欠片。

それはまるで、夜空がそのまま瓶の中に詰め込まれたような、不思議なクスリ。


「これはね、いい夢が見られるクスリなのさ。老若男女問わず、結構注文が多くてねぇ。人間ってやつぁ、こんなもんに頼るほど、夢見が悪いもんなのかい?可哀そうに」


瓶の中の夜空を満足そうに見ながら、リリィはその瓶をワタルに手渡す。

ワタルはその瓶に、ラベルを貼る。

ラベルの文字は日本語でも英語でも無い、見た事も無いような文字で、ワタルにはなんと書かれているか読む事はできなかった。


「じゃあ、リリィさんは寂しくないってこと?」

「あぁ、そうさ」

「『友達』もいないのに?」

「必要ないからねぇ」

「ずっと1人だったのに?」

「気楽で結構なこったねぇ」


クスリを作り終えたリリィは、ワタルがラベルを貼り終えた瓶を次々と棚へ並べ始める。

ワタルもその作業を手伝いながら、改めてリリィの家の中を見回してみた。


必要最低限しか置かれていない家具や道具。

それほど広いとは言えない家にもかかわらず、モノが無い分、広々と感じられる。


「ほら、おやつだよ。お食べ」


瓶を並び終えたリリィが、テーブルの上に、小さなカップとスプーンを置く。

カップには、プリンのような、柔らかなクリーム色のものが入っていた。

テーブルにつき、ワタルはさっそくスプーンでカップの中身を掬って口へと運ぶ。


(あ、プリンだ!甘くておいしい~・・・・ん?あれっ?なにこれ・・・・酸っぱい!梅干しっ?!・・・・あれっ?今度はしょっぱい!おせんべいっ?!)


くるくると変わるワタルの表情を、リリィは可笑しそうに眺めている。


「リリィさん、これ、なにっ?!」

「見りゃ分かるだろ?プリンさ」

「でもっ!」

「『おどろき草』の汁を混ぜたのさ」

「『おどろき草』?」

「ああ。食べた奴に驚いた顔をさせるための、ちょっとしたいたずらさね。どうだい、驚いたろ?」

「うん・・・・だって、甘いと思ったら酸っぱくなるし、そしたら今度はしょっぱくなるし」

「あはははっ!飽きがこなくていいだろうさ!」

「それはそうだけど・・・・」


続けてワタルは、『おどろき草』の汁が入ったプリンを口に運ぶ。

と。


「にがっ・・・・わっ、辛っ!・・・・はぁ・・・・甘い~」

「そうさねぇ・・・・」


次々と表情を変えるワタルに、リリィは呟いた。


「お前がいなくなったら、あたしも少しは『寂しい』と思うのかもしれないねぇ」

「えっ?」

「お前は手がかかる『弟子見習い』だからねぇ」


フィッとワタルから視線を逸らすと、リリィは立ち上がって洗い物の片づけを始める。

その背中に、ワタルは言った。


「ボク、いなくなんてならないよ」

「いや。いずれお前はあたしのことなんざ忘れるさ」

「そんなことないっ、絶対に!」

「【絶対】なんて、それこそ絶対に無いのさ」


背中を向けているリリィがどんな顔をしているのか、ワタルには見えなかった。

それでも。

リリィはきっと、寂しそうな顔をしているに違いない。

ワタルは何故か、そう感じた。


「食べ終わったかい?それじゃ、もうお帰り」


振り向きざまにリリィはそう言うと、素早く宙を指で弾く。

次の瞬間には。

ワタルはいつもの通り、家の前に立っていた。



『いずれお前はあたしののことなんざ忘れるさ』


リリィの言葉が頭に響く。


(リリィさん。ボクは絶対に忘れないよ。もし忘れたって、絶対に思い出すから。【絶対】が絶対に無くたって、僕は【絶対】に忘れないし、忘れたって【絶対に】思い出すからっ!)


両の拳をぎゅっと握りしめ、ワタルは大きく頷く。

そして。

家の中へと入って行った。

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