第11話 勝ちたいなら正々堂々勝負しな
いつものように空飛ぶ箒を追いかけリリィの家にやってきていたワタルを、リリィはいつものように家に帰そうと片手を上げ、ふとその手を止めた。
(あれ?どうしたんだろう?)
不思議に思うワタルの前で、リリィは棚の引き出しをゴソゴソとかき回すと、中から小さな袋を取り出し、ワタルに手渡す。
「いいかい。おかしなことがあったら、こいつをすぐ口の中に入れるんだよ。わかったね」
「えっ?おかしなこと?」
リリィはいつになく厳しい顔をしている。
ワタルまで思わず緊張してしまうくらいに。
「ああ。こいつは守り玉だ。どんな魔法からもお前を守ってくれる。だから、すぐに口の中に入れるんだ。そして、すぐにあたしを呼ぶんだよ」
「どうしたの、リリィさん?なにかあるの?」
不安そうなワタルの顔に気付いたのか、リリィはやっといつもの不機嫌そうな顔に戻る。
「なにがあるかわかりゃ、誰も苦労はしないんだよ。いいかい、あたしの言ったこと、忘れるんじゃあないよ」
そういうと、リリィは素早く片手を上げ、宙を指で弾いた。
だが。
(・・・・あれ?ここは・・・・)
ワタルが立っていたのは家の前ではなく、何もない空間。
ワタルには、その場所に覚えがあった。
そこは、以前何者かにワタルが襲われた場所。
リリィがワタルを助けに来てくれた場所。
(なんで・・・・?)
蘇る恐怖をあおる様に、あの時と同じ囁き声がワタルの耳に聞こえて来た。
「おー、上手くいったじゃないか」
「どれ、少しばかり遊んでやろうか」
「何言ってるの、それでこの間しくじったクセに」
余りの怖さにギュッと握りしめた手にあったのは、帰り際、リリィから渡された小さな袋。
『おかしなことがあったら、こいつをすぐ口の中に入れるんだよ』
リリィの言葉を思い出し、ワタルは袋を開けると、中に入っていた丸い玉をひと粒、急いで口の中に入れた。
とたん。
(にがっ!)
思わず顔を顰めてしまうほどの苦さが、口の中一杯に広がる。
(なに、これっ?!)
苦さに驚いている一瞬の間。
ガチリという音が響くと共に、気付けばワタルは檻の中に閉じ込められていた。
「えっ?!」
慌てて目の前の鉄枠を掴んで押したり引いたりしてみたものの、檻はビクともしない。
「ほうら、捕まえた」
「さぁて、どうしてやろうかねぇ?」
「フフフ・・・ゆっくり相談しましょ」
囁き声が、だんだんとワタルに近づいて来る。
堪らず、ワタルは大声で叫んだ。
「助けてっ、リリィさんっ!」
「うるさいガキは、芋虫にでもしてやろうかねぇ?ほうら」
直ぐ近くから声が聞こえ、ワタルの体が黒い煙に包まれた。
だが、煙が消えても、ワタルの体に変化は無い。
「なぜじゃっ?!ワシの魔法が効かぬとは!」
「モウロクしたもんじゃのう、どれ、アタシがやるわい。ほうれっ」
声と共に、再びワタルの体が黒い煙に包まれた。
だがやはり、ワタルの体に変化は全く無い。
「むぅっ、アタシの魔法も効かぬとはっ!」
「2人とも大丈夫?年寄りは引っ込んで、あとは若い私に任せて。えいっ!」
またもワタルの体は黒い煙に包まれたが、ワタルの体はそのままだった。
「えーっ?!もうっ、なんでよーっ!」
「あたしゃ言ったはずだよ、このガキに手出しするってんなら容赦しない、ってね」
リリィの声が辺りに響くと共に、耳をつんざくような轟音と目もくらむような稲光が、何もないはずの空間を揺らす。
「ギャーッ!」
「ヒィッ!」
「きゃあっ!」
悲鳴が上がるのも構わず、轟音と稲光は何度も空間を揺さぶり続ける。
「悪かった!」
「もう勘弁しとくれ!」
「謝るからもうやめてーっ!」
「悪いが、卑怯もんにかける情けなんざ、あたしゃ持ち合わせてないんでねぇ」
やがて、悲鳴もだんだんとか細くなり、聞き取れないくらいの小さな声になった頃。
「あたしに勝ちたいってんなら、正々堂々と勝負しな!」
最後の稲光がワタルを閉じ込めている檻を直撃し、檻は粉々になって霧のように消え失せた。
「大丈夫かいっ?!」
腰が抜けたようにその場にへたり込んでいるワタルの体を、リリィが支える。
「ガキにしちゃあ、よく耐えたもんだねぇ」
優しい笑顔を浮かべるリリィの顔を見たとたん、ワタルの緊張が一気に緩み、スゥっと意識が遠くなった。
気を失う直前。
「しっかりしなっ、ワタルっ!」
ワタルは、自分の名を呼ぶリリィの声を聞いたような気がした。
(・・・・あれ?)
気づくと、ワタルは自分の部屋のベッドの中にいた。
(ボク、ずっと夢を見てたのかなぁ?)
そう思ったとたん。
口の中に広がったのは、びっくりするくらいの苦さ。
(・・・・やっぱり、夢じゃなかったんだ)
この世の終わりかとも思えるような、リリィの放った魔法の強さ。
そして、怒りに満ちたリリィの言葉。
『あたしに勝ちたいってんなら、正々堂々と勝負しな!』
ディーナが言っていた。
リリィは強すぎたから、他の魔女から嫌がらせを受けていたと。
自分もリリィへの嫌がらせの道具に使われたのだと、ワタルは少し悲しくなった。
でも、ワタルを助けに来てくれたリリィは、ワタルでさえも震えあがるくらいに怒りを露わにしていた。
ディーナは言っていた。
リリィはワタルを気に入っていると。
『ガキにしちゃあ、よく耐えたもんだねぇ』
リリィが見せてくれた優しい笑顔。
『しっかりしなっ、ワタルっ!』
リリィが初めて呼んでくれた、自分の名前。
ワタルは湧きあがる嬉しさを噛みしめながら、再び目を閉じ眠りについた。
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