第10話 強すぎる力は孤独を招く

今日も今日とて、ワタルは空飛ぶ箒を見つけて追いかけていたのだが。

走って追いかけながらも、ワタルは少しだけ何かが違うと感じていた。


(なんだろう・・・・この感じ、前にもあったような・・・・?)


辿り着いたのは、リリィの家がある、いつもの寂しい寂しい場所。

それでもワタルは警戒しながら、リリィの家の扉を開けた。


「リリィさん、こんにちは・・・・」

「あらぁ、この間のコじゃない」


中にいたのは、見覚えのある若い女。

実は老女の、ワタルをカエルにしようとした魔女だ。


そのまま扉を閉めようとするワタルに、女が苦笑いを浮かべて声をかける。


「大丈夫よぉ、もうキミには何もしないから」

「・・・・本当に?」

「本当よ。だって、リリィを怒らせると怖いもの」


だからおいで、と手招く女に誘われながらも、ワタルは恐る恐るリリィの家に入り、女が座っている場所から少し離れた所に座った。


「おねえさん、誰?」

「わたしはディーナ。リリィと同じ、魔女よ」

「ディーナさんは、リリィさんのお友達なの?」

「・・・・友達、ねぇ・・・・」


ワタルの言葉に、ディーナは困ったような顔を浮かべる。


「わたしが『友達』だと思っていても、リリィはそうは思ってないでしょうね」

「えっ?」

「リリィはね、最強の魔女なのよ。わたしなんか、足元にも及ばないくらいの。あまりにも強いものだから、他の魔女からひどい妬みを買ってしまってね、それはもう、ものすごい嫌がらせを受けていたの。魔女の世界も色々あって、色々な魔女がいるからね。だからかな、いつからかあの人、こんな寂しい場所に引っ込んで、仕事以外の付き合いをしなくなっちゃったのよ、誰とも」


それは、ワタルの知らないリリィの話だった。

リリィがワタルに自分の話をしたことは無かったから。

だいたい、名前だって、最初は教えてくれなかったくらいだ。


「強すぎる力ってのは、孤独を招くものなのよ。それがどんな力であっても。人間だって、同じだと思うけど」


(リリィさん、だからいつも1人なの?寂しくないの?リリィさん・・・・)


木の一本も立っていない寂しい寂しいこの場所で、リリィはどれくらいの間1人でいたのだろう。

リリィを思い、ワタルの胸は強く痛んだ。


「だからね、驚いたのよわたし。キミがしょっちゅうリリィの家に出入りしているのを知って。魔女仲間すら拒絶しているリリィが、まさか人間の子供の相手をしているなんて、って。だからこの間はちょっと面白くなって揶揄いたくなっちゃったのよ。ごめんね」

「うん。もう、いいよ」

「・・・・なるほど、ねぇ?」


ディーナはなにやら納得したように小さく頷いて、ワタルを見る。


「なに?」

「リリィがキミを気に入った理由が、なんとなく分かったような気がして」

「えっ?」


驚くワタルを、ディーナはニヤニヤと笑って見ている。

そのニヤニヤとした笑いは、以前のような不快な笑いではなく、どちらかと言えば親しみのある笑い。

ディーナはそれほど悪い魔女ではないのかもしれない。

ワタルはそんな事を思った。

そしてなにより、ディーナの言葉にワタルの心は躍り上がった。


「ボク、リリィさんに気に入ってもらえてるのっ?!理由って、なにっ?!教えて!」

「それは、わたしからは教えられないな~」

「えーっ、なんで?!」

「リリィに殺されそうだから」

「リリィさんは、そんなこと絶対にしないっ!」


ワタルがそう叫んだ時。


「人の家でなに騒いでんだいっ?・・・・ディーナ、またあんたかい。はぁ・・・・その気色の悪いカッコ、どうにかしてくれないもんかねぇ?」


不機嫌そうな顔のリリィが、箒を片手に荷物を抱えて帰って来た。


「リリィさん、お帰りなさい!」


慌てて駆け寄ると、ワタルはリリィから箒を受け取り、いつもの場所に立てかける。


「あらぁ・・・・可愛い弟子ねぇ」

「あ~気色悪い」


リリィは顔を背けながら、ディーナに向かって軽く人差し指を回す。

すると、ディーナの姿は以前のように、老女の姿に変わった。

ただ、ワタルには、その老女からは以前のような気味の悪さは感じられなかった。


「今日は何の用だい?いつものなら、こないだ渡したばかりだろう?」

「ああ、今日はあんたにひとつ、忠告をしに来てやったのさ」


よいしょ、と重たそうに腰を上げて、老女姿のディーナが立ち上がり、リリィの正面に立つ。


「薄々気付いているだろうが、あんたのアキレス腱、狙われてるよ。十分、気を付けるんだねぇ」

「・・・・あぁ」


一瞬、驚いた様に目を見開いたリリィだったが、すぐにいつもの顔に戻り、小さく頷く。


「じゃあ、邪魔したね」


そう言うと、ディーナはそのまま帰って行った。


「何もされなかったかい?」

「あ、うん」

「そうかい」


そう言うと、リリィは持って帰って来た荷物を片付け始める。

ワタルもリリィの片づけを手伝いながら、聞いてみた。


「ディーナさんは、リリィさんの『友達』?」

「『友達』だって?!」


珍しく、リリィが驚いて大きな声を出す。


「あたしにゃ『友達』なんてもんは、いないね」

「えっ?!ボクはっ?!」

「お前がどうした?」

「ボクは、リリィさんの『友達』じゃないのっ?!」

「お前があたしの『友達』だって?!」


ワタルの言葉に、リリィは呆れた顔を浮かべて、言った。


「寝言は寝てから言うもんだ。お前があたしの『友達』な訳ないだろう?お前はあたしの『弟子見習い』さ」



『強すぎる力ってのは、孤独を招くものなのよ』


リリィに家の前まで帰されてから、ワタルは考えていた。

リリィはいつから孤独だったのだろう。

いつからずっと、1人だったのだろう。


(ボクが、リリィさんとずっと一緒にいる。だってボクは、リリィさんの『弟子見習い』なんだから)


ワタルはそっと、心に誓った。

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