第9話 勝者こそ敗者の悔しさを知らなきゃならないんだよ

フンフンフン♪


鼻歌などを歌いながら、ワタルはリリィの家で大きな鍋の中身を大きなヘラでかき回していた。

今日も今日とて、空飛ぶ箒を追いかけてリリィの家にやってきたとたん


「ちょいとコレをかきまわしといておくれ」


と、リリィに頼まれたのだ。

リリィに出会ってから、ワタルは初めてリリィに頼まれごとをした。

それが嬉しくてたまらなかった。

だが、それだけではない。

先日の運動会の徒競走で、ワタルは初めて一等賞を取ったのだ。


「ありがとさん、助かったよ。急な依頼が入っちまってねぇ」


机の上で深紫色の粉を瓶に詰めていたリリィが、ワタルからヘラを受け取り、竈門の火を落とす。

半分ほど粉の入った瓶の中に鍋の中身を注ぎ込むと、とたんに、瓶は虹色の粉へと姿を変えた。


「わぁ・・・・リリィさん、これ、なんの薬?」


目を輝かせて尋ねるワタルに、リリィは答える。


「お前には一生必要のない薬さ」

「えっ?」

「夢は自分の力で叶えるもんだ。お前にはもう、そんなこたぁ分かってるはずだからねぇ」


(夢を叶えてくれる薬、なのかな?)


確かに、夢は自分の力で叶えた方が、叶った時にものすごく嬉しいということを、ワタルは既に知っている。

それでも、リリィの手にした瓶の中で輝く虹色の粉は、ワタルにはとてもキレイに見えて、ほんのちょっとだけ【欲しい】と思ってしまったのも事実だ。


「それにしても、今日は随分とご機嫌じゃあないかい?」


リリィの言葉に、ワタルは満面の笑顔をリリィへと向ける。


「うんっ!ボク、駆けっこで1番になったんだ!」

「ああ、そうかい」


虹色の粉が入った瓶を袋に入れる手を一瞬だけ止めてリリィはワタルを見たが、再び手を動かし始める。


「ボク、一生懸命駆けっこの練習したんだ。だから、1番になれたんだ!」

「努力ってぇのは、結果に繋がると嬉しいもんさねぇ」


ワタルは、リリィがもう少しは喜んで褒めてくれるものと思っていた。

だが、リリィは特にワタルを褒めることもなく、それほど喜んでいるようにも見えない。

ガッカリしていると、ワタルの前に一口大の大きさの音符型のクッキーが入ったカゴが置かれた。

そして隣には、澄み渡った空のような青色の飲みものも。


「お食べ」

「え?」

「1番のお祝いさ」

「リリィさん・・・・」


テーブルを挟んだ向かい側に座ったリリィの顔は、気のせいかどことなく優しい。

ワタルは嬉しくなって、早速音符型のクッキーをひとつ、口に入れた。

口の中で噛んだとたん。


~♪チャ~ララ~ チャララララララ~♪~


美しい音色が口の中から響きわたった。

それは、『にぎやか草』のクッキーとは全く異なる、美しい音楽。

驚くワタルに、リリィはニヤリと笑って言う。


「『かなでる草』を練り込んでみたのさ。どうだい、きれいな音楽だろう?」

「うん!」


続いて青色の飲み物を口にすると、スーッと爽やかな風がワタルの周りを吹き抜け、まるで空を飛んでいるような気分になる。


「お前は相当頑張ったんだろうさ。それは、すごい事だ。ガキにしちゃ、良くやった方さね」


いつになく柔らかい口調で、リリィはワタルに言う。


「だけどね。これだけは覚えておきな。負けた奴がいるから、お前は勝てたんだ。『1番』っていうひとつしかないものをお前が手に入れたってことは、それを欲しがってた他の奴からお前が奪い取ったってことなのさ」

「えっ・・・・」


思いもよらないリリィの言葉に、クッキーに伸びかけたワタルの手が止まる。


「あぁ、だからって他の奴らに同情して手を抜けってんじゃあないよ?お前が本当に欲しいもんなら全力で手に入れればいい。ただ、そこには必ず、悔しい思いをした敗者がいる。敗者の口惜しさなら、お前だって知っているだろう?だから、そのことを忘れるんじゃあないよ」


(そっか。ボク、そんなこと考えた事もなかった。ボクだって、去年まではいっつも3番とか4番で、悔しかったのに)


嬉しい気分が沈んでしまい、俯くワタルの顔が、リリィの指に持ち上げられる。


「はぁ・・・・また辛気臭い顔に逆戻りかい?ガキなら1番を素直に喜んどきゃいいんだよ。ガキがそんな顔するなんざぁ、10年は早いってもんさ」


そう言うと、リリィはワタルの口にクッキーをひとつ押し込んだ。

口の中で噛んだクッキーが奏でた音楽は。


~♪タララッ タララッタッタッタッタ タララッタッタッタッタッタッタ♪~


ワタルが徒競走で一等賞を取った時にかかっていた曲。

ゴールテープを1番に切った時の興奮が、再びワタルの中に沸き起こる。


「ボク、また一等賞取りたいな」

「他の奴だって、今度こそって思ってるだろうよ」

「でも、負けたくない」

「じゃあ、他の奴より頑張るしか、無いだろうねぇ」

「うん」


ワタルがリリィに笑顔を向けると。

リリィは少しだけ笑い、ワタルの頭をワシャワシャと撫でた。



『そこには必ず、悔しい思いをした敗者がいる』


夜。

ベッドに入ったワタルは、リリィの言葉を思い出していた。

去年までは自分が敗者だったというのに、一等賞を取ったとたんに浮かれてしまって、すっかり忘れてしまっていた事。


(リリィさんも、悔しい思いをしたことがあるのかなぁ)


そんなことを思いながら、ワタルは眠りについた。

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