第8話 力は人のために使うもんだ

「リリィさん、こんにちは!」

「・・・・お前、暇なのかい?」


今日も今日とて空を飛ぶ箒を追ってリリィの家へとやってきたワタルに、リリィは箒を動かす手を止めて、呆れ顔を見せた。


「あっ、僕もお手伝いする!」


そう言うと、ワタルは早速窓を拭き始める。

今では家の掃除も率先して行い、両親から驚かれるやら褒められるやら。


窓拭きが終わり、早速リリィに報告をしようと勢いよく後ろを振り返ったとたん。


「わっ!」


すぐ後ろに置かれていた、水の入ったバケツにつまづき、ワタルは体勢を崩した。

バケツは傾き中からは水が飛び出し、ワタルはモロにその上に倒れ込む。


(あー・・・・ビショビショにしちゃった・・・・)


そう思った直後。


「何やってんだい、まったく。鈍臭どんくさいねぇ、お前は」


リリィの言葉とともに、バケツもワタルの体も、元の位置へと戻っていた。

床一面にこぼれていたはずの水はバケツの中にきちんと収まっているし、濡れたはずのワタルの服も、湿ってすらいない。


「ごっ、ごめんなさいっ!」

「謝ることなんか無いだろう?わざとじゃあるまいし」

「うん・・・・ありがとう、リリィさん」


何事もなかったかのように、リリィは箒で掃除を続けている。

その姿を、ワタルは不思議な思いで見つめた。


リリィさんは魔法が使えるのに。

なんで魔法でお掃除しないんだろう?


「さぁて、と。・・・・なんだい?あたしの顔に穴でも開けるつもりかい?」


掃除を終えたリリィがワタルの視線に気づき、怪訝けげんな表情を浮かべる。


「えっ?穴?」


言葉の意味が分からずキョトンとするワタルに、リリィはうんざりしたようにため息をついた。


「はぁ・・・・まったくこれだからガキは・・・・こんなとこに来てる暇があったら、少しはその頭に使えるもん詰め込んだらどうだい」


そして、いつものように、ワタルに向かって片手を上げる。


「なんでっ?!」


リリィが宙を指で弾けば、次の瞬間にはワタルはきっと、家の前に立っているだろう。

ワタルを助けた時だって、一撃で相手を追い払う魔法を放っていた。

リリィはそれだけの魔法が使える魔女だ。

それなのになぜ、その魔法を掃除に使わないのか。

魔法は万能ではないとは言っていたが、ついさっきだって、ビショビショになった床を、魔法で元通りに綺麗にしたのに。


手を止め、少しだけ首を傾げるリリィにワタルは言った。


「なんで魔法でお掃除しないの?」


ワタルの言葉にリリィは一瞬だけ目を見開くと、ゆっくりと、上げていた手を下ろす。


「そうさねぇ・・・・」


少し考えるような仕草を見せた後、リリィはニヤリと笑って言った。


「力ってのは、自分以外の何かのため、誰かのために使うもんさ」


リリィの言葉に、ワタルは今まで見てきたリリィの魔法を思い出す。

それは。

誰かの薬を作るための魔法。

ワタルを家に帰すための魔法。

ワタルを守るための魔法。


「それに」


再び片手を上げながら、リリィは言った。


「掃除の魔法は、ちょいと苦手でねぇ」


リリィの指が宙を弾く。

次の瞬間。

ワタルはいつものように、家の前に立っていた。



『力ってのは、自分以外の何かのため、誰かのために使うもんさ』


ワタルは改めて、リリィをカッコイイと思った。

同時に。


(リリィさんでも、苦手なものがあるんだ)


クスリと小さく笑うと、ワタルは元気よく家の中へと入って行った。


(またお掃除手伝いに行ってあげようっと)

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