第7話 助けはすぐに呼ぶもんだ

「ここ、どこ・・・・?」


今日も今日とて、ワタルは空飛ぶ箒を見つけて追いかけていたのだが、目を逸らしたわけでもないのに、なぜか途中で見失ってしまった。

一度見失ってしまえば、その日はもう空飛ぶ箒を見つけることはできない。

それがわかっていたワタルは、諦めて戻ろうとしたのだが、いつの間にか周りには見たことの無い空間が広がっていた。


不思議な空間。

何もない空間。


リリィの家がある場所も、木の一本も無い寂しい寂しい場所ではあるが、それでも地面や空はあった。

今ワタルがいる場所は、それすらも無い。

本当に、【何も】無い空間だった。


「どうしよう・・・・どっちに行けばいいんだろう・・・・」


歩いても歩いても、周りの景色は変わらない。

自分がどこへ向かっているかもわからない。

不安でいっぱいのワタルに、更に追い打ちをかけるように、どこからか囁くような声が聞こえてきた。


「フフフフ・・・・うまくいったねぇ」

「ヒヒヒ、どれ、早速遊んでやろうかねぇ」

「あら、アレは私が見つけたのよ?私がいただくわ」


怖くて怖くて、ワタルは走り出した。

それでも、囁き声は遠ざかるどころか、どんどんと近づいてくる。


「可愛いねぇ、必死で逃げるなんてさ」

「ほうら、追いかけっこだよ。捕まったら、どうなるかはお楽しみ・・・・ヒヒヒ」

「あんまり疲れさせると、使い物にならないわよ?さっさと捕まえないと」


(助けて・・・・)


必死に走りながら、ワタルは心の中で叫んだ。


(助けて、リリィさんっ!)


直後。

ボフッとした柔らかいものに、ワタルの体が受け止められた。

続いて、聞き慣れた声が、ワタルの頭の上から辺りに凛と響き渡る。


「このガキはあたしに用があるんだ。手出しするってんなら、容赦しないよ」


顔を上げると、そこに見えたのは、ワタルを片腕で庇いながら、前を見据えてもう片方の手を突きだすリリィの姿。

突き出した手の先から、雷のような激しい光が前方に放たれる。


「ぎゃっ!」

「ちっ、いつの間に・・・・」

「あ~、残念」


悔しそうな言葉を残し、囁き声は消えた。


「リリィさん・・・・」


ワタルはリリィにしがみついて泣いた。

怖さでまだ、体が震えている。


「ケガはないかい?」

「うん・・・・」

「じゃあ、行くよ」


そうリリィが言った次の瞬間。

ワタルはリリィと共に、リリィの家にいた。


「いつまでひっついてんだい」


しがみついたままのワタルをうるさそうに引きはがすと、リリィは棚の中からクッキーを取り出し、テーブルの上に乗せる。


「食べな。疲れたろ、随分走ったようだからねぇ」


それは、『にぎやか草』が練り込まれた、リリィお手製のクッキー。

噛むごとに賑やかな音が鳴り響くクッキーを食べるうちに、怖さも次第に薄れ、ようやく笑う余裕も出てきた。

ワタルがクッキーを食べている間に、リリィは竈門で湯を沸かし、甘い香りがするお茶を入れてくれた。

一口飲むと、キュッと縮んでしまった心が、ふんわりと元に戻っていくようで、ワタルはようやく落ち着きを取り戻した。


「リリィさん、助けてくれてありがとう」

「ほんとうに、いい迷惑さ」


不機嫌そうな顔で、リリィはワタルを睨む。


「助けを呼ぶのが遅いんだよお前は。あいつらに捕まってたら、今頃お前は檻の中さ。そうなったら、簡単には助け出せやしないんだよ」

「ええええっ?!」

「さっさと呼べばいいもんを・・・・」


リリィの機嫌はすぐには直りそうもない。

でも、リリィの不機嫌の理由に気づいたワタルは、少し嬉しくなった。


「いいかい、自分じゃどうにもできないんなら、助けはすぐに呼ぶもんだ。手遅れになってからじゃあ、遅いんだよ。なんせお前はガキなんだ。周りを頼って当然さ」


今日は早く帰って寝な。


その言葉とともに、いつものように家に帰されたワタルは。


『助けはすぐに呼ぶもんだ。手遅れになってからじゃあ、遅いんだよ』


眠りにつく前に、リリィの言葉と共に、自分を助けてくれたリリィの姿を思い出していた。


(リリィさん、かっこいいなぁ・・・・ボクもいつか、リリィさんみたいになりたいなぁ・・・・)

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