第6話 まずは自分で考えな
「こんにちは、リリィさん」
「なんだい、またお前かい。まったくおかしなガキだねぇ・・・・」
今日も今日とて、ワタルは空飛ぶ箒を追いかけてリリィの家へとやってきた。
近頃のリリィは、呆れながらもワタルの訪問を許可してくれているようだ。
だが、リリィは紫色の粉と黒い粉の分量を慎重に量り混ぜ合わせる作業をしていて、ワタルの方など見ようともしない。
粉を混ぜ合わせたリリィは、今度はその粉を星形の器に移し、小さく何かを呟いてフッと息を掛ける。
すると、器の中の粉はあっという間に、美しい真珠色の小さな星粒へと姿を変えた。
「わぁ・・・・」
驚くワタルに構うことなく、リリィは側に置いた瓶の中に、今出来上がったばかりの星粒を落とし込む。
瓶には半分ほど、星粒が入っていた。
「やれやれ、まだ半分かい」
「これ、いっぱいになるまで作るの?」
「ああ、そうさ」
「これは、何の薬?」
「ガキには用の無い薬さ」
再びリリィは、紫色の粉と黒い粉の分量を量り始める。
忙しそうなリリィに、ワタルは言った。
「ボク、何かお手伝いできることある?」
「お前」
粉の分量を量り終えたリリィが粉を混ぜ合わせながら、呆れたようにワタルを見る。
「その頭の中は空っぽなのかい?
困惑するワタルの前で、リリィは再び真珠色の星粒の薬を作り始める。
ボクに、できること・・・・?
ふと見ると。
窓ガラスが曇っていることに気付き、ワタルは近くにあった雑巾で窓を拭き始めた。
内側からも綺麗に磨き、家から出て外側からも綺麗に磨き。
まるでそこに窓など無いように見えるくらい、ピカピカに磨き上げた。
次に、薬作りに使ったのか、食事作りに使ったのか、洗い物が溜まっている事に気付いたワタルは、近くに置いてあったちょうどいい高さの踏み台を運んでくると、洗い物を始めた。
魔女なのに、家事に魔法は使わないのかと不思議に思いながらも、『魔法ってのは、万能じゃあないんだよ』と言っていたリリィの言葉を思い出す。
リリィさんて、一体どんな魔女なんだろう?
そんなことを考えながら洗い物を終えると。
すぐ後ろに立っていたリリィが、ポン、とワタルの頭に手を置いた。
「やればできるじゃないか。気の付くガキは、あたしゃ大好きさ。ほら、礼だよ。お食べ」
そう言って差し出したのは、ワタルの手のひらの大きさほどもある、1枚の大きなクッキー。
「ありがとう!」
受け取って一口かじったとたん。
【ドンドンチャンチャンジャンカンカン♪】
賑やかな音が、口の中から鳴り響いた。
「なにっ、これっ?!」
「あっはっはっは!」
驚いて目を見開くワタルに、リリィは声を上げて笑う。
「驚いたかい?それはね、『にぎやか草』を練り込んだクッキーさ。まぁ、ちょっとした悪戯さね」
「『にぎやか草』?」
「ああ。噛むたびに、うるさいくらいに賑やかな音が鳴り響くのさ。ガキにとっては楽しいおやつだろう?」
ワタルの手にあるクッキーは、どう見たってただのクッキーにしか見えない。
だが、もう一口かじったとたんに
【ジャジャーン!ピピピピドーンっ!】
「あはっ・・・・あははははっ!おもしろいね、これ!それにすごくおいしいっ!」
「当たり前だろう?あたしが作ったんだからねぇ」
その後も、かじるたびに賑やかな音を立てるそのクッキーは、あっという間にワタルのお腹の中に収まった。
「もう1個食べたいなぁ」
リリィの側の袋の中には、まだいくつかのクッキーがある。
だが、リリィはサッと袋の口を閉じると、そのまま棚の中に閉まった。
「これはあくまで『間食』なんだよ。主食が食べられなくなったら、本末転倒だろう?さ、きっちり体動かしてから帰んな」
そして、いつものようにワタルに手を向けて、宙を弾いた。
だが。
次の瞬間、ワタルがいたのは家の前ではなく、いつも駆けっこの練習をしている公園。
随分長い間リリィの家にいたような気がしていたが、公園の時計を見ると、まだ学校が終わってから1時間も経っていない。
ワタルが駆けっこの練習をしていると、両手に荷物を持った母親が家に向かっている姿が見えた。
「あっ、お母さんっ!お帰りなさい!」
「あら、ワタル。ただいま。遊んでたの?」
「駆けっこの練習してたんだ」
優しい笑顔の母親だったが、疲れているようにワタルには見えた。
それに、荷物が重いのか、手に持ち手が食い込んでしまっている。
『
リリィの言葉を思い出し、ワタルは母親の手から荷物の持ち手を一つ取った。
「ワタル?」
「一緒に持てば少し軽くなるでしょ?」
「・・・・そうね、ありがとう」
嬉しそうな母親の笑顔に、リリィの笑顔が重なる。
リリィさんも、喜んでくれたのかな。
初めて見たリリィの笑顔を思い出し、ワタルは何故だか自分まで嬉しくなってくるのを感じていた。
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