第5話 痛さが分かったら

「ウソつきワタルっ!魔女なんか、いる訳ないだろ」

「ウソなんかついてないっ!ボクは魔女に会ったんだっ!」


魔女の存在を否定され、カッとなったワタルは、学校の友達となぐり合いのケンカをした。

殴り合い、と言っても、ワタルよりだいぶ体格のいいその相手とは【ケンカ】にすらならず、ワタルが一方的に殴られて終わり。

殴られた頬も、強くつかまれた腕も、したたかに打ち付けた背中も、どこもかしこも赤くれあがり、熱をともなった痛みがあった。


「リリィさん・・・・」


悔しくて涙が出そうになり、ふと見上げた空には、箒に跨って颯爽さっそうと空を飛ぶリリィの姿。

ワタルはフラフラとその箒の後を追いかけた。


辿り着いたのは、いつもの見慣れた、寂しい寂しい場所。

そして、ポツンと立っている一軒の家。


何故なぜだかすぐに家に向かう気にならず、その場に立ち尽くすワタルに、イライラしたような女の声が飛ぶ。


「入るのか入らないのか、どっちなんだいっ!」

「えっ・・・・」


振り返ると、すぐ後ろには魔女リリィの姿。

リリィはワタルの顔を見ると少しだけ目を見開いたが、立ち止まったままのワタルの横を素通りすると、家の中へと姿を消す。

ワタルも、その後を追うように、トボトボと歩いて家の扉を開けた。


「はぁ・・・・なんて顔してんだい」


珍しく、椅子に座っていたリリィが、ワタルを見て溜め息を吐いた。


「あたしゃ辛気臭しんきくさい顔は嫌いなんだよ。特に、ガキの辛気臭い顔がねぇ」

「シンキクサイ?」

「なんだい、そんなことも知らないのかい。これだからガキは・・・・ほら、さっさとこっち来な」


言われるままにリリィのそばまで行くと、リリィはワタルの腫れた頬をチラリと見、そして、人差し指をスイっと上にあげる仕草をした。


来たとたんに家に帰されるのか。

ボクが『シンキクサイ』顔をしているから。


そう思ったワタルだったが。


「わっ!」


自分の意思とは全く関係無く両手が持ち上がり、ワタルの洋服がまるで意志を持ったかのようにワタルから離れていく。

そして、気付けばワタルは上半身裸になっていた。


「こりゃまぁ、随分と派手にやられたもんだねぇ」


これまた自分の意志とは全く関係なく、ワタルはリリィの指の動きに合わせてクルリと一回転。

困惑するワタルを見て、リリィは呆れたような顔をしながらも、小さく笑う。

そして、すぐ側の棚にある瓶から深緑色のスライムのようなドロドロとしたものを取り出すと、ワタルの体の痛む場所に塗りたくり始めた。


「なに、これっ?!」

「じっとしてな。すぐ終わる」


頬、腕、背中。

それから、自分でも気づいていなかったが、ワタルの胸元辺りにも、突き飛ばされた時の跡が、クッキリと赤く残っていた。

それらすべてに、リリィはドロドロを塗りたくっていく。

全てに塗り終えたリリィは、何かを小さく唱えると、ワタルに向かってフッと息を吹きかけた。

とたん。

ドロドロは全て消え失せ、同時に、ワタルの体の熱も痛みも、全てが消えて無くなっていた。


「すごいや、リリィさん!ありがとう!」

「どうせ魔女がいるとかいないとか、そんなくだらない事でケンカでもしたんだろうさ」

「くだらなくなんか、ないっ!」


顔を真っ赤にして叫ぶワタルを、リリィはニヤリと笑って見る。


「くだらないさ。いると思うヤツはいると思えばいい。いないと思うヤツはいないと思えばいい。それだけのことだろう?」

「でも、ボクがもっと強ければ・・・・」

「強ければ、なんだい?」


ひょいっとリリィが人差し指を動かすと、床に散らばっていたワタルの服は、再び意志を持ったように動き、元の位置-ワタルの体へと戻る。


「あいつをやっつけて、魔女は絶対いるんだって、認めさせてやるのに」

「バカなのかい、お前は」


言いながら、リリィはツカツカとワタルに近づき、ワタルの前で立ち止まると、中指と親指を使ってワタルの額を指で強く弾いた。


「いたっ!リリィさんっ、なにするの・・・・」

「そうさ、痛いんだよ」


額を押さえるワタルに、リリィは言う。


「殴られたら、痛い。その痛さがお前は分かったはずだ。それなのに、同じ痛さを他のヤツにも味あわせるつもりかい?そんなのは、阿呆のやることさ」

「あっ・・・・」

「あたしゃね、辛気臭い顔したガキも嫌いだが、阿呆なガキはもっと嫌いなんだよ」


俯いたワタルに向けて、リリィは手を上げ、宙を弾く。


次の瞬間には。

ワタルの前には、いつものように、ワタルの家があった。



「おいっ、ウソつきワタルっ!・・・・あれっ?」


昨日ケンカをした友達が、殴られた跡が何ひとつないワタルの顔を見て驚いた。


「お前、顔・・・・」

「魔女が治してくれたんだ」

「お前まだそんなウソつくのかっ?!このっ、ウソつきがっ!」


再び、拳がワタルの顔面を直撃する。

勢いで吹っ飛んだワタルを捕まえた友達は、再び拳を振り上げる。

ワタルもギュッと拳を握りしめ、その拳を振り上げようとしたのだが。


 『同じ痛さを他のヤツにも味あわせるつもりかい?そんなのは、阿呆のやることさ』


リリィの言葉を思い出し、上げかけた拳を元に戻す。


「なんだよ、やらないのかっ?!」

「ボクは、阿呆じゃないっ!」

「はぁ?」

「ボクは殴られたらどれだけ痛いか知ってるんだっ!だからボクは、キミを殴ったりしないっ!」


いつの間にか周りを取り囲んでいた野次馬達の何人かから、小さな拍手が沸き起こる。


「ちぇっ、なんだよ、それ。つまんねーのっ!」


そう言うと、友達はバツの悪そうな顔をして、ワタルから離れて行った。

と同時に、女の子が数人、ワタルの元へ駆け寄って来た。


「ワタルくん、大丈夫?」

「ワタルくん、カッコよかったよ!」


その中には、ワタルが淡い恋心を寄せている女の子もいて。

痛む頬を押さえながらも、ワタルは顔を赤くして俯いた。

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