第4話 悪い奴ってのは

今日も今日とて、ワタルは見上げた空に箒に乗った魔女の姿を見つけると、一目散に追いかけたのだが。

ほんの少しだけ、何かが違うと感じていた。


でも。

辿り着いたのは、いつもの寂しい寂しい場所。

家の煙突からは、白い煙が立ちのぼっている。


「こんにちは、おねえさん。入ってもいいですか・・・・?」


恐る恐る扉を開け、ワタルが中を覗くと。


「あら、いらっしゃい」


そこにはいつもの女ではなく、優しそうな笑顔を浮かべた若い女がいた。


「あれ?いつものおねえさんは?」


家の中を見回してみたが、いつもの女の姿はない。


「今お出かけしているのよ。わたしは、お留守番。ねぇ、キミもここで、わたしと一緒に彼女の帰りを待っていない?」


いつもの女とはまるで違い、そこにいた女は微笑みながらワタルを手招く。


「うん。おじゃまします!」


ワタルは若い女の招きに応じて家の中に入ると、テーブルを挟んで女の向かいの椅子に座った。

すぐ側の壁に、箒が立て掛けてあった。

いつもの女の箒もかなり古ぼけたものに見えたが、それを上回るほどに、その箒は古ぼけている。

相当使い込まれたもののように、ワタルには見えた。


「これ、おねえさんの?」


ワタルが尋ねると、若い女はニコリと笑った。


「そうよ」


その答えに、ワタルは首を傾げた。


このおねえさんは、あのおねえさんより若いのに。

なんでこのおねえさんの箒の方が、古そうなんだろう?


「そうだ」


不思議に思っているワタルの前に、突然お菓子の山が現れた。

若い女が、ニコニコと優しそうな笑顔を浮かべて、お菓子の山をワタルの前に差し出す。


「お腹、空いたでしょ?おいしいお菓子よ、どうぞ召し上がれ」


お菓子からは、甘くて香ばしい、いい匂いがしてきて、ワタルは突然お腹が空いてきた。

思わず、ワタルが目の前のお菓子に手を伸ばした時。


「ガキ揶揄からかうのもいい加減にしな」


いつもの女の声が聞こえた。

と同時に、目の前にあったはずのお菓子の山が、消えてなくなる。


気づけばいつの間にか、いつもの女がワタルの隣に立っていた。

その顔は、いつにも増して不機嫌極まりない顔。


「あら、リリィ。遅かったじゃない」

「いつまで気色の悪いカッコしてんだい」


いつもの女が若い女に向けて軽く人差し指を回すと。


「えっ?!」


優しそうな笑顔を浮かべていた女は、意地の悪い笑みを浮かべた老女の姿に変わった。


「なんの用だい、さっさと言いな」

「相変わらずせっかちな奴だねぇ、あんたは。久しぶりに人間の子供で遊んでやろうと思ったのにねぇ・・・・ヒッヒッヒ。惜しいねぇ、コイツはきっと珍しいカエルにでもなっただろうにねぇ、ヒッヒッヒ」


暗く濁った老女の目が、ワタルを頭のてっぺんから足の先まで、舐めるように見る。

言い知れぬ恐怖に、ワタルは震え上がった。


「こっちは忙しいんだよ。あんたの道楽に付き合ってる暇なんざ、ないんだ」

「わかったよ、いつものアレだよ。アレをおくれ」

「ああ」


短く答えた女は、座っていたワタルの手を取り、椅子から立ち上がらせると、そのままワタルを連れて、瓶が並んだ棚の前に立つ。

そこは、老女がいる場所からは遠く離れた場所。


「お前も手伝いな」

「あ、うん」


そのワタルの姿を。

老女は未練がましい目でじっと眺めていた。



「あの菓子食ってたら、お前は今頃カエルになってあのババアのいい玩具オモチャになってたろうねぇ」

「えっ?」

「しまいにゃワニのエサだったろうさ」

「ええっ?!」


早々に老女を追い出した女は、呆れたようにワタルを見る。


「ったく、これだからガキは・・・・あんなもんに簡単にだまされてんじゃないよ、バカなのかいっ、お前は。いいかい、悪い奴ってのは、優しそうな顔して旨そうなもん目の前にぶら下げて相手をだますんだよ、覚えときな」


「・・・・うん」

「わかったらさっさと」


いつものように、女がワタルに向けて手を上げる。


「名前っ!」


とっさに、ワタルは叫んでいた。


「リリィさん、て言うんだね!」


女はほんの少しだけ口の端を上げ。

そのまま宙を指で弾いた。


目の前には、いつものように、ワタルの家。


帰ろうと歩き出したワタルに、後ろから声がかけられた。


「ねぇ、ボク。おじさんと一緒に美味しいお菓子を食べないかい?玩具オモチャもたくさんあるよ」


振り向くと、そこにはワタルの知らない、優しそうな顔をしたおじさんが、手にたくさんのお菓子と、楽しそうなおもちゃを持って立っていた。


 『悪い奴ってのは、優しそうな顔して旨そうなもん目の前にぶら下げて相手をだますんだよ』


魔女の女の、リリィの言葉がワタルの頭に響く。


「ボク、いらない!」


そう言うと。

ワタルはそのまま走って家の中に駆け込んだ。

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