第3話 感謝を忘れちゃあ、おしまいさ

箒に跨り軽快に空を駆ける魔女の姿を探すのは、ワタルの日課だ。

駆けっこの練習も日課だが。

不思議なことに、ワタルには見える魔女の姿は、ワタル以外には見えていないらしい。

だから、ワタルはもう、自分から魔女の話はしなくなった。

誰も信じてくれなくたって、魔女は絶対にいるのだから。

ワタルは魔女に会ったのだから。


「あっ!いたっ!」


抜けるような青空を駆けるように飛ぶ魔女の姿を見つけると、ワタルは迷わずに追いかけ始めた。

今度こそ道を覚えておこうと何度か挑戦したものの、少しでも魔女から目を逸らしたとたん、その日はもう魔女の姿を見つけることは叶わない。

だからワタルは、道を覚えることは諦めた。どうせ帰りは、魔法であっと言う間に家の前まで帰されるのだ。

だから、ワタルは必死に、ただひたすらに、魔女の姿を追いかけた。


そして辿り着いたのは、いつもの寂しい寂しい場所。


「こんにちは・・・・」


恐る恐る扉を開けるワタルの後ろから、不機嫌極まりない女の声が。


「誰が入っていいって言ったよ?」

「ひっ!ごめんなさいっ!」

「ったく、だからガキはイヤなんだ」


ワタルを押し込むようにして一緒に家の中に入ると、女は手にしていた箒を一番奥の壁際に立て掛ける。

その箒は、随分と黒ずんでいて使い込まれているように、ワタルには見えた。


「あの、おねえさん」

「なんだい?」


女はワタルの方も見ずに、袋から取り出した何種類もの草を鍋に投入すると、カマドに向かって何やら呟き、フッと息を吹きかける。

すると、すぐにカマドには赤々とした火が灯った。

ワタルは、目の前で起きた光景に胸を踊らせた。

正に、魔法!

これぞ、魔法!


「でも、じゃあなんで、箒…?」


そんなに簡単に火がつけられるのなら。

あんなに簡単にボクを家に帰せるのなら。

空だって、簡単に飛べるのでは?

箒なんて、使わなくても。


思わず口から漏れてしまったワタルの呟きに、女は言った。


「コイツはあたしら魔女だけが乗ることのできる乗り物だからさ」


女の視線の先にあるのは、使い込まれて古ぼけた箒。


「だがあたしら魔女には、コイツを作ることはできない。だから、作り手に感謝しながら、大事に使うのさ。一生、ね」

「魔法でも、作れないの?」

「バカなのかい、お前は。魔法ってのは、万能じゃあないんだよ。自分らが何でもできると思って感謝を忘れちゃあ、おしまいさ」


軽く肩をすくめると、女は再び鍋へと視線を戻し、棚に並べられたビンから次々となにやらよく分からない粉やかたまりを鍋の中に投入していく。


「おねえさん、今度は何を」


作っているの?

と言いかけたワタルに向かって無言で片手を差し出すと、女は宙でピンッと弾く仕草をした。


気づけば、目の前にはいつものように、ワタルの家。


 『自分らが何でもできると思って感謝を忘れちゃあ、おしまいさ』


頭に残っていた魔女の女の言葉に、ワタルは小さく頷いて、家に入り。

ちょうどキッチンで夕飯の支度をしていた母親の元に真っ直ぐに向かうと、ペコリと頭を下げた。


「お母さん、いつもおいしいご飯を作ってくれて、ありがとう」

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