第5話

 結婚して三年。上手くやってきたつもりだ。しかし、それは俺の勘違いだったらしい。


 ある日帰ってきて、玄関の照明をつけようとすると点かない。玉切れかと思い他の部屋の照明のスイッチを操作しても点かない。

 ふと給湯器に目をやると、常時転倒しているパイロットランプが消えている。

 暗い玄関に督促状が落ちている。


 電気が止まっていた。それが復旧すると、その数ヶ月後はガス。そして水道。彼女は生活費を実に様々なものに使い込んでいた。

 妻は俺より5才年下だ。それが原因だと思っていた。でも、原因はもっと深いところにあるのかも知れない。それに俺たちは気がついていないのだ。多分。


 硬い音がする。誰かが窓を叩いていた。

 「どうしたんですか。こんなところで」

 イマちゃんだった。

 「不用心やん。鍵かかってなかったよ」うそぉ、と言うと彼女は助手席に乗り込んできた。声が甘い。シャンプーのかおりだろうか。それとアルコールの匂いで狭い空間が濃密になる。

 「あー久しぶりにたくさん飲んじゃった」彼女の顔は暗くてよく分からない。

 寒う、エンジンかけてくださいよ。彼女はキーを僕に渡す。僕はキーを回した。

 「奥さん、来ませんね」来んよ、僕は言った。ゆっくりと窓が結露してゆく。

 「会いたかったな、テンさんの奥さん。まだしゃべった事ないし」俺は左手の甲で彼女の頬に触れる。

 「結構飲んだんやね」彼女は俺の手を退けて、自分の頬を俺の頬にくっつけた。

 「冷たくて気持ちいい」

 彼女の息遣いを感じた。

 エンジンが温まり、車内の温度が少しずつ上がってゆく。 

 唇が頬に触れた。少し荒れていたが悪くない感触だった。

 どこかで犬が吠えた。

 俺たちはシートを倒した。

 

 

 

 


 

 

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オンボロの車で 龍斗 @led777

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