オンボロの車で
龍斗
第1話
彼は事務所の戸棚の奥にしまってあった、年季の入ったボコボコの恐らくアルミ製の鍋を取り出した。背は高くない。私よりちょっと低いかもしれない。 「あったあった。これ前から目をつけとったんよねぇ」それは鈍い金色の大きな鍋だ。
「いつからここにあったんですか、これ。めっちゃ年季入ってますけど」私は彼が差し出した鍋を受け取った。底の部分のメッキが禿げている。
「ああ、イマちゃんは知らんよね。ちょっと前まで毎年ありよった祭りで使いよったったい」
神奈川県出身で東京で採用された私の最初の赴任地がここ福岡だった。
福岡市の中心地を流れる那珂川。その川を挟んで南側が城下町・福岡、北側が商人の町・博多。同じ本社採用で去年から赴任している板井さんにそう教えられた。板井さんは兵庫県出身だ。
私が採用された会社は、介護・福祉系の会社だったけど、それに直接関わる事業だけではなくて、病院関係の清掃や厨房の業務もサポートしている。
「おお、なんや。そげな懐かしい鍋ばひっぱりだしてきてから、の」
立て付けの悪いサッシをガタピシ開けて入ってきたのが、この事業所の所長、仲村さんだ。彼はシングルファーザーで、きぃちゃんと言う中1のかわいい娘と2人で暮らしている。私はお疲れ様です。と声をかけた。彼と板井さんは鍋を洗い拭きあげている。
「お、バンちゃんもおったんか。の。どうせテンちゃんやろ、の。そげな鍋ば引っ張り出したんは。の。なんばするつもりね」
彼はクリスマスに計画している、おでんパーティの話をした。
「ほんで、この鍋のこと思い出して。俺の知り合いの看護師とかにも声かけて。基本、彼氏彼女おらんの限定です」
最後の言葉を聞いたあと仲村さんは、テンちゃん、カミさんおろうもん、と言った。知ってる。それは私も知ってた。そして私にも遠距離だけど彼がいる。そのことは誰にも言ってない。
彼、テンちゃんこと天本俊彦は既婚者だった。
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