第3話

 「バンちゃん、このテーブルじゃ乗りきらんって、隣の部屋のコタツもくっつけるばい」テンさんはそういうと、隣の部屋からコタツを持ってきて、大きめの座卓の横に並べた。「ああ、ええですよ、ってもう出してるや無いですか」

 バンちゃんはキッチンで二つの鍋と格闘している。と言っても吹きこぼれないように見ているだけなのだが。事業所の戸棚からひっぱり出した鍋と、バンちゃんが学生時代から使っている土鍋の中には昆布と焼きアゴから取った黄金色の出汁がグ輝いている。焼きアゴというのは飛び魚を炭火で焼いたものだ。良い出汁が取れる高級食材らしい。私も福岡で初めて知った。

 「テンちゃん、の。おでんやるんやったらこれ持ってけ」仲村所長がビニール袋を差し出す。

 「これ、アゴやないですか。いいんですか。高いんでしょ」仲村所長曰く、柳橋連合市場という有名な市場に知り合いがいて、そこから安く買えるらしい。

 「知り合いが、の。雑煮用に安く分けてくれたけん、持ってけ。どうせ、きぃと二人分しか使わんけん。の」

 テンさんはすげぇ、すげぇ、と喜んでいる。

 「テンさん、って料理も作るんですね」私は何気なく尋ねた。

 「そうね。母ちゃんも働きよるし」テンさんは、私を見ずに答えた。テンさんの奥さんは、デパートの食品売り場で働いている。一度見かけた。


 イマちゃん。これかけていい、そういうとテンさんは自分のリュックの中からカセットテープを取り出して、カーステレオにセットした。

 重厚でハードな音がスピーカーを震わす。

 「なんです、これ」と私が尋ねると「hide」とテンさんは答えた。

 「洋楽ばっかじゃなくて、邦楽も聴くんですね」テンさんは洋楽しか聴かない、と私は勝手に思っていた。テンさんのバンドのメンバーは病棟の介護士や看護師だ。私は屋外喫煙所で、いつも訳の分からないバンドの話をしているテンさんを何度も見かけた。その時のテンさんはいつも帽子に隠している長髪モヒカンを垂らしていて、実に楽しそうに見えた。「最近は邦楽も面白いんよ。hideはターンテーブルをやってるスグルちゃんのオススメ」テンさん達のやる音楽は、ミクスチャーというらしい。よく分からない。少なくとも既存のロックとは違うらしい。

 私とテンさんは、私の車で買い出しに出かけた。いざ鍋に具材を入れて煮込み始めると、おでんダネが足りないことが判明したのだ。

 「バンちゃん、これじゃ足りんばい。集めたカネも余っとるけん、買い出しに行こうや。イマちゃん、行こうか」

 オンボロの青いクルマは、ここへの赴任が決まった時に格安で買った。バンちゃんのつてで、年式は古いしミッションだったけど、手数料込み三万円という破格である。よかねぇ、イマちゃん。やっぱ車は便利かもんなぁ。

 私は家に寄って酒を取って行くことにした。手をつけたもの、つけてないものも含めて、日本酒やウィスキーがあった。私は駐車場に車を止めると、待っててくださいね、と言って車をでた。

 「いや、俺も手伝うよ。そこそこあるっちゃろ」私はちょっと戸惑った。ここに来てから、まだ私の部屋には男を入れたことがない。

 「あ、お願いできますか。テンさん優しー」ふざけてみた。テンさんは後ろからついてくる。


 

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