第4話
どうぞ。あ、片付けてませんけど、と私が言うと、よかよか、気にせんよ。と、言いながらテンさんはハイカットのコンバースを脱いだ。
「今、お酒用意しますね。あ、ウィスキー未開封だ。それとこの前開けたばっかの日本酒に焼酎…」自分でも呆れるくらいに酒がある。ほとんど実家の父が送ってくれたものだ。ウチの家系は酒好きで、父も母も妹も、そして私もみんなそこそこ飲む。
「やるねぇ。イマちゃん、こげん飲むったい」
私が並べた色も形も様々な酒の瓶をテンさんは関心して見ている。
「本当にモヒカンなんですねぇ。あの、ちょっと触ってみても良いですか」私は自分自信が口にした言葉に驚いた。
ああ、ここに、と言うとテンさんは頭を指さした。私はうなずいてしまう。
「よかよ。めずらしかっちゃろ」私はしゃがんでいるテンさんの後頭部に人差し指で触れた。剃り跡のひげよりも、もっと濃密な極細の突起たち。
「そげん、つつかんで、ちゃんと触り」そういうと、テンさんは私の方を向き直り、手首を掴んで、私の手の平を自分の頭に当てた。
暖かい。テンさんの坊主頭の部分は思ったよりずっと暖かかった。
圭一はもちろん、父も、かつてのクラスメイトの男子の坊主頭でさえ、私は触れたことが無い。
テンさんも私の手首を掴んだまま。私のすぐ下にテンさんの顔がある。私はもう片方の手で髪の毛に触れた。私の髪の毛よりも柔らかい。猫っ毛だ。多分。
私がふと目をあげると、窓際の写真の圭一と目があった。冬の陽は徐々に傾き私の部屋を光で満たしてゆく。私とテンさんは光の届かないキッチンにいる。
「イマちゃん、あの写真彼氏ね。さっき見えたばい」
「あ…ええ。見ちゃいましたか」坊主頭を撫でていた私の手はそのまま、テンさんの頬に触れる。テンさんは手首を掴んでいた手を私の上に重ねている。
カミさん以外の女性にここ触らせたの、初めてや。
私は股間に埋もれたテンさんの頭を激しく撫で回す奥さんを想像してしまった。
多分テンさんは圭一よりも優しい。もちろん圭一も優しかったけれど。私は今の自分の感情を持て余していた。私はテンさんに何を期待しているのだろう。
「どうしよっかな、私。年末年始。帰るのやめようかな」
「ご両親は会いたかろうけど、もうイマちゃんも大人やしね。好きにしていいっちゃない。それに」
「それに」
「ケツが冷たい」
テンさんはフローリングにあぐらをかいていた。安普請の私のアパートは、足元にどこからか入った隙間風がいつも吹き込んでくる。
「あ、ごめんなさい」テンさんは立ち上がる時に、重ねていた手を離して私の頬に軽く触れた。
「こげんことでもないと、イマちゃんのほっぺには触られんもんね」
いつもの私とテンさん。
「さあ、行こうかね。まだ買い物もせないかん」
そうですね、と答えつつ、私はテンさんが頬に触れた時の、私身体の湿り気を思い返している。鍵を掛けるためにドアを閉める瞬間、また圭一と目があった。キッチンの陰はさっきよりも濃くなってゆく。
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