「トンネルの入り口の土手に昔からあったものなんですけど、ここ二ヶ月くらいで首を折られてしまったんですよね。マジで罰当たりなことをする奴がいますよ。そして不思議なことに、その首を折られる数か月ほど前から、斧を振り回す女性の霊が現れるといった投稿が急激に増えはじめたんです」

「急激に? そんなに頻繁に見えるものなのですか?」堂前さんが尋ねた。

「だと思います。うち、心霊目当てのお客さんで売り上げの左右することがけっこうあるもんだから、心霊系の投稿サイトをあちこち見てリサーチやったりしてるんですよ。確実にこの半年以内に一気に浮上してきましたね。それで、うちの『白い首』の投稿もあるでしょ? だから、一部の心霊好きのあいだでは、二つを関連づけてお話を作って騒いでるんすよ」

「発狂した女性に切り落とされた誰かの首が、夜な夜な胴体を探して彷徨っている、とかそんな感じですか?」私は言った。

「そうそう。世にある怪談もそんな風にして出来ていくもんなのかなとか思いましたね。いや、感心している場合じゃないんすけど」

 声を弾ませて答える細野さんを横目に、堂前さんはしばらく何か考えていた。

「幽霊が出たバンガローを調べてもいいですか?」

「いや、ママのお客さんでもそれはちょっと……。見たいっていう人が結構いて、全てお断りしてるんですよね。ぜったいやめたほうがいいっすよ。ママのお連れさんに何かあったら、こっちも責任取れないですから」

「いいのよ細野さん。この人、そういう調査の仕事してるから」

「え、まじっすか?じゃあお願いしてみよっかな」

 細野さんはへへへと笑いながら軽快な足どりで、鍵を取りに戻った。堂前さんが鍵を受け取ると、私たちはそのバンガローに向かった。


「心霊ツアーになっちゃったね」

 蓮岡さんが楽しそうに、堂前さんに声を掛ける。

「これじゃ休みにならないな」

「堂ちゃんいいんだよ、別にやめても。やめてみんなでのんびりバーベキューしよっか」

「まあでも鍵も借りてしまったし、見るだけ見てみよう」

 堂前さんの横顔を見ながら、蓮岡さんは微笑んだ。


 問題のバンガローは、私たちのバンガローの向かいにあたる、キャンプ場右手の少し奥まったところにあった。

 他のバンガローとは違ってこちらは背後に裏山が続いているため、植え込みによって仕切りを設けてある。キャンプ場の敷地内には、エリアの区切りをつけるためにときどきこうした柵がしてあった。

 私たちのバンガローは裏側が並木を挟んで山道に面した敷地が広がっていたが、隣のバンガローとの間には同じような柵があった。


 堂前さんは鍵で木のドアを開け、室内を調べはじめた。室内は私たちの部屋とほとんどかわらない。目の前の壁の上部にひとつだけある小さな窓。バンガローの窓を小さな窓にしているのは、カーテンを取り付けていないことと何か関係があるのかもしれない。左手にはバルコニーに通じるドアもある。

「茜くん、どうだ?」

「特に何も感じません」

「だよね」

「でもわかりませんよ? なんとなくです」

 自信のない私の言葉を無視して、堂前さんは窓を開けて、背伸びをしながら外を覗く。窓の一方には網戸が取り付けてあった。


 今度は外に出て裏にまわる。みんながそれに従った。

バンガローと植え込みの柵との間には、人ひとりが通れるくらいの道しかなかった。柵は金網を支えにして、小さな葉の密生する木が植えてある。堂前さんが言った。

「外に出ると窓までの高さは二メートル近くになるんだな。外から簡単に人が覗きこめるような高さじゃない」

「床が高いんでね。基礎の部分を入れたら、けっこうな高さになりますよ。あの動画のお客さんも白い首が見えた後すぐに、外に出て確認したそうなんですけど、不審なものは見当たらなかったみたいです」


 堂前さんは行きつ戻りつしながら、壁や植込みを丹念に調べる。すると、あるところの植え込みの根元でぴたりと足を止め、葉をかき分けた。なにかを発見したのか、私たちを手招きする。


「ほら、金網が破れてる」

「あ、ほんとだ。トトロの抜け道みたい」ミケが屈みこんで言った。

 確かに小さな子供が通れるくらいの穴が開いていた。

「あー、これはイノシシの仕業ですね」と細野さんが言った。「山から蔦の根とか木の実を食べに下りてくるんですよ。フェンスを破るから大変なんですよね」

「へえ、これはイノシシの道なんだ」

 堂前さんはそう言うと、また考え込んだ。

「細野さんのお住まいはどこですか? 駐車場の奥にあったお家ですか?」

「そうです。まあほとんど日中は管理棟で過ごすことが多いですけどね。あ、管理棟ってのは、受け付けのあったロッジのことです」

「わかりました。いやあ、無理言ってすいませんでした。見せていただき、ありがとうございます」

 堂前さんは鍵を細野さんに返した。

「なにかわかりましたか?」細野さんが心配そうに尋ねた。

「いや、まだ何とも言えません。でもまあ、一日あるんでゆっくり様子を見てみましょう。わかったらラッキーくらいに思っていてください。私たちも休暇できてますから」

「わかりました。よろしくお願いします」細野さんが頭を下げる。

 私たちは自分たちの部屋に戻り、細野さんと別れた。


 晩ご飯の準備をするにもまだ少し時間があったので、次に私たちは首切り地蔵に行こうということになった。

ミケは最初嫌がっていたが、蓮岡さんが手をつないでくれるということがわかると、率先して行くと言い出した。

 心霊スポットだと言われている廃トンネルは、歩いて数分のところにある。キャンプ場の中央にある登山道から行けるとのことなので、私たちはそこから向かうことにした。


 受付小屋の裏手を通り過ぎると、広い野原で細野さんの奥さんと二人の娘が犬と一緒にボール遊びをしていた。その様子を、お客さんとおぼしき二人のキャンパーがしゃがみこんで眺めている。小さな子が犬と戯れる姿は微笑ましかった。姉がボールを投げると、犬は走ってそれを取りに行き、妹のまえでボールを落とす。妹がボールを投げるまで犬は座って待機して、ボールが投げられるとまた、それを追う。毛並みがふさふさとした黒毛の目立つボーダーコリーで、とても利口な犬のようだった。私たちが通り過ぎるときに、奥さんがこちらに気づいて軽く会釈をした。


 登山道は思ったよりも険しかった。細い小道を、二人一組になって私たちは進む。

「首切り地蔵って、宇都宮市にもあるんだよね。市街地のほうに」蓮岡さんが言った。

 堂前さんがそれに答える。

「竹林の首切り地蔵と呼ばれているところだな。たしか、江戸時代初期の宇都宮藩主が幕府直属の百人組根来衆を処刑にし、首と胴を別々に葬った、その首塚のあった場所だ。胴を葬った塚はそこから南の白山神社にあり、根来塚と呼ばれている。根来衆というのは警備部隊みたいなもんだよ。城址付近には、首切り坂というのもあったはずだ」

「首、首、首ばっかり」ミケが怯えた声で言った。


 小道を抜けると、すぐ左手にトンネルが見えた。蔦に覆われた古めかしいトンネルで、奥に光が見えるから、距離はそれほど長くなさそうだった。


「芽陀トンネル」私はスマホでネットの文面を見て言った。「鞍掛峠に次ぐ心霊スポット。U市東部の山岳にあるトンネルで、難所と言われた旧峠道を避けるために昭和四十五年に開通した。現在では麓から迂回する新道が整備されたため廃道になっている、昔から首のない女性の幽霊がでることで有名、トンネル前にある地蔵は以前に交通事故で死亡した家族を供養するために建てられた、そうです。また首のない幽霊ですね」


 赤レンガを積んで作られた坑道は、SL列車の時代の趣を感じさせる。昭和四十代に作られたとはとても思えない外観だった。トンネルを貫く一車線のアスファルト道路は、ひび割れてところどころに土が露出している。入口に近づいただけで、吸い込まれた声が不思議な音で反響していた。そして、崖側のガードレールの手前にある、首のない地蔵。六十センチにも満たない小さな地蔵で、石像自体も比較的新しいものと思われる。折られた首の箇所が白い断面をのぞかせ、生々しい傷痕になっていた。


 堂前さんは首の箇所には触れずに顔を近づけて、念入りに調べた。

「これは鈍器で一振りだな」

「わかりますか?」

「だいたいね。これぐらいの小ささだと、穴を開けて杭を打ち込むより、その方が手っ取り早い。土台が地面のコンクリに固定されているから、倒れたりする心配もないし、さほどの力は要らないはずだ」


 堂前さんは地蔵の背後や周辺の地面をひと通りつぶさに調べ終えると、大きく背伸びをした。トンネルのほうを見て、蓮岡さんに言う。

「それで入るの?俺は地蔵がチェックできたから、もう帰るけど。まったく心霊スポットに行きたいやつの気が知れないな」

 蓮岡さんは隣に寄り添うミケを見る。ミケは蓮岡さんの人差し指を遠慮がちに握ったままだった。


「いいよ、帰ろう。夕ご飯の準備もあるし」

「行きます!」ミケが上擦った声で言った。

 私たちはミケを見た。

「いやだって、あなた震えてるよ」

「あたしも見てみたいの。すっごい気になるう。だから茜ちゃんは堂前くんと戻っていいよ。茜ちゃんも心霊スポットなんて興味ないでしょ?」

「え、あ、うん、まあ興味ないけど……」ミケの圧にやられて語尾が尻つぼみになった。

「はいじゃあ、いったいった。荒太さん、怖いからもうちょっと近づいていいですか。ね?よし、行きましょう。いやあ楽しみだなあ」

「ちょ、ちょっと、ミケちゃん」


 ミケは蓮岡さんをぐいぐい引っ張ってトンネルに向かった。

二人の後ろ姿を見つめながら、堂前さんは言った。

「ばかばかしい。じゃあ茜くん、戻ろうか」

「そうですね」


 帰りの道中、背後から車のブレーキ音らしきものが聞こえたが、よくよく考えてみるとあれはミケの悲鳴だった。後で聞けば、もちろん何も起こってはいなかったけれど。

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狂奔迷走小林事件簿 ~心霊案件はおことわり~ 小谷灰土 @door-door

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