第19話トーヤとイツ2【本編改稿版公開記念】

 激しく体をゆすって、這い上がってこようとする虫を振り落としていると、何かが頭上を通り過ぎる気配がした。


 続いて、激しい風が渦巻くように吹き付けてきた。

吹き飛ばされそうになった十矢とうやはあわてて身をかがめた。空気のかたまりが顔をふさいで息ができなくなり、ハクハク口をあけてあえいだ。


 まわりの乾いた土が舞い上がり、渦巻くように広がって視界をさえぎった。身を縮めた十矢は、両手で顔を覆い息を詰めて巻き上がる土ぼこりを耐えた。


 時々、硬い何かが丸めた背中に当たるのは、巻き上げられた虫だろうか。痛いというほどではないものの、気味の悪さを感じていた。


 しばらくして、まわりが静かになった。

ようやく顔を上げた彼の目の前には、何ごともなかったように、白い土の荒野が広がっていた。みえる範囲には、あの黒い虫の姿はどこにもなかった。


「吹き飛ばされたのか?」


 十矢はつぶやいて、のろのろと地面に転がっていたポーチのベルトを腰に巻き、リュックを肩に背負った。


『乗るのじゃ』


 突然、頭の中に声が響いて、十矢は動きを止めた。


「誰だ」

“”

 どこから聞こえてくる声なのかとまどって、あたりを見まわすと、背後に見たこともないような巨大な鳥がいた。

わらわは神獣カルラ。エリーネ神の騎獣なのじゃ』


「カルラ?」

『さよう。命ぜられて其方そなたにつき添うのじゃ』


「へえ、そうなのか?」

 十矢は首をかしげた。


『まだ、冊子を読んでないのか。書いてあったじゃろう』

「いや、まだ全部は読んでなくて」


『なんと。まあ良いのじゃ。とにかく妾の背に乗れ、道々話してやろう』


「乗れと言われても」

 一八五センチある十矢よりも、二倍以上高いところに頭がある鳥に、どうやって乗れば良いのか。十矢は神獣を見上げた。


『そうだったな』

 巨大な鳥は地面へ腹ばうようにして体を倒した。


『これなら乗れのじゃ』

「あ、ああ、助かる」


 十矢は、羽に手を掛かけて、おそるおそる神獣の背に這い上がった。


『妾に添うよう体を倒すのじゃ』

「わかった」


『羽を引っぱるな。首につかまるのじゃ』


 フサフサした羽を握っていた十矢は、あわてて手を離して、鳥の首に両腕をまわした。


「これでいいか?」

“『む、かじりつくな。首が絞まる』


「ああ、そうか。これくらいでいいか」

『よし、飛ぶのじゃ』


 そう言うと、神獣は助走もなく浮き上がり、左右合わせると数メートルはあるかという翼を広げた。


 ふわっと体の浮くような感じがして、風に乗ると、すぐに前方から激しい風が吹きつけてきた。


「うわ! 飛ばされる」

 十矢は、慌てて鳥にへばりついた。


『忘れてた。防御結界。これでどうじゃ』


 突然、体のまわりりが、温かいものに包まれた感じがして、吹き付けてくる風が止んだ。


「ふう、落ち着いた、ありがとう」

『妾もヒトを乗せるの初めて。加減がわからぬ』


「そうなんだ」

『妾は、神の乗り物だから』

「なるほど」


『とこで、其方そなた、何と呼べばいいか』

「俺は、九竜くりゅう十矢とうや。十矢でいい」


『それではトーヤ。妾の呼び名をつけよ』

「カルラじゃだめなのか?」


『其方と親しい者以外は、神獣と知られたくない』

「そうか、そうだな、イツはどうだ」


『イツ?』

「俺の名は故郷の言葉でとうだから、その半身。相棒ってことで、半分のイツだ」


『よし。これから妾はイツ』

「よろしく、イツ」


 突然、見知らぬ場所に来て、得たいのしれない虫に襲われて戸惑っていた十矢だったので、言葉を交わせる相棒ができたことで少しは気持ちが落ち着いた。


 と言っても、それだけで不安が解消されたわけではなく、巨大な鳥が喋ったり、その背に乗って飛んだりという、物語のような展開をどう考えたら良いのかわからなかった。


「ところで、イツ、俺たちはどこへ向かってるんだ」

『ヒトがいる街』


「ほう。って、家には帰れないのか、日本へ」

『わからぬ、が、神ならぬ身には帰れぬ、と思う』


「そうか、普通そういう展開になるよな」

『普通?』

「いや、何でもない」


 十矢は唯一の家族である養父を思った。実の父親を早くに亡くし、母親の再婚相手だった。


 その母も三年前に亡くなった。養父とは友好な関係で、とても世話になったが、大学進学を機に独り立ちする予定だった。


 とは言え、突然いなくなれば、どれほど心配をかけてしまうのだろうかと、罪悪感を感じる十矢だった。


「考えても、どうにもならないか」

 十矢はため息をついた。


『どうした?』

「いや、どうもしない。しかし、揺れないしイツの背中は快適だな」


『妾は神の騎獣だから』

 感心したような十矢の言葉に、イツは得意そうに答えた。


 イツの話によると、エリーネ神が創造したというこのエリーネの世界には、土、風、火、水の四大元素に加えて、魔素という魔力の基になる元素があるという。


 この魔素があることで、魔術を扱う魔術師が存在し、また、魔素の影響で、けものの他に、魔獣まじゅうと呼ばれる攻撃的な生き物がいるらしい。


 十矢が落ちたメイリン国の北部地方は辺境地域と呼ばれ、特に強力な魔獣がいるため、それらを南下させないために魔獣狩りが推奨されているそうだ。


「なるほどな」

 十矢は、少しあきらめたような口調で言った。


『当面の生活に必要なものは、そのポーチに入ってるのじゃ』

「これか?」

 十矢は、ポンポンと黒革のポーチを叩いた。


『マジックバッグじゃ。いくらでも入る』

「へえ、そんな便利なものか」


『エリーネ神からの迷惑料なのじゃ。入れた物は時間が止まる』

「すごいな」

『他にも色々あるのじゃ。冊子を読め』{

{わかった}

『もうすぐじゃ。あの木立の先』


 緑の草地が広がっていた。

 先ほどの殺伐とした荒野とは打って変わって、まばらに生えている木には、青々とした葉が茂っていた。


 眼下には土を踏み固めたような道がくねっていて、歩いている人のの姿も確認できた。


「人がいる」

『あの石壁が、辺境の街ゲリナじゃ』


 イツは徐々に高度を落とすと、ゲリナの街より少し手前の草地に降りた。


『長いつきあいになりそうじゃ。ここからはじめると良い』


一瞬で体を縮めたリクが、バサバサと羽ばたいて十矢の肩にとまった。


(終)

===================

お読みいただき、ありがとうございます。

17話以前のお話は本編改稿後の設定に合わせて、順次変更する予定です。

今後も不定期で更新するつもりですので、どうぞよろしくお願いいたします。


本編『トワの広場でゆで小豆を売る【改稿版】』

https://kakuyomu.jp/works/16817330658713729877

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダンジョン町タウルの小さな食堂 仲津麻子 @kukiha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ