第4話 首なし馬

 畠山・六角連合軍には、根来の鉄砲隊が加わっていた。

「撃てえええいっ!」

 根来衆の鉄砲が一斉に火を噴き、合戦の火蓋ひぶたが切って落とされた。

 三好軍も負けじと鉄砲を撃ち返し、さらに空が暗くなるほど、弓矢を雨霰あめあられと敵勢に向かって浴びせかけた。

 たじろいだ敵陣に、剽悍ひょうかんな阿波兵が槍をかざし、喊声かんせいとともに突っ込む。

 しかし、双方大軍だけになかなか決着がつかない。久米田の戦いは、双方互角の勝負となり、いつしか戦線は膠着こうちゃくした。

 一進一退の攻防がつづき、戦さは年を越した。

 正月を過ぎた頃のことである。

 両軍が兵を退いた夜――。

 空には満月が煌々と輝き、物音ひとつとてない。

 しいんとした静寂の中、突如、彼方から馬蹄の音が響いてきた。

「ん? なんじゃ」

 陣中で馬蹄の音に気づいた三好軍の総大将、実休義賢は幔幕まんまくの外に出て、寒風の枯野を見はるかした。

 すると、一頭の白馬が時折、棹立さおだちになりながら狂奔して来るではないか。

 暴れ馬は砂塵をき立て、みるみる実休に迫ってきた。もはや半丁(およ五十メートル)の距離もない。

 ――あぶないっ!

 実休が身をかわそうとしたその瞬間、暴れ馬はつと前脚を宙に躍らせ、高くいなないた。

 瞬後、実休の心臓は凍りついた。

 その白馬には首がなかったのである。

 しかも、首なしの白馬に打ち跨る男は、立烏帽子に狩衣姿――それは、まぎれもなく実休が手にかけた主君、細川持隆の姿であった。

「持隆さま……!」

 驚愕の目をみはり、みるみる蒼褪めた実休を、持隆が冷笑する。

「ふふっ、そちの最期、見届けにまいった。冥途めいどで待っておるぞ」

 そして、鞍上あんじょうでにやりとわらい、

  草枯らす霜また今朝の日に消えて

   因果はここにめぐり来にけり

 と、詠み捨てたかと思うや、忽然こつぜんその姿は闇へと掻き消えたのである。

 この瞬間、実休はおのれの死を悟った。

 主殺しをした自分に、因果の時がめぐり来たのだ。

 永禄五年(一五六二)三月五日、戦場に凄まじい雄叫びが響くや、ついに両軍が激突した。

 烈しい銃声、矢唸り、人馬の叫喚きょうかん

 一陣の風が吹き、目の前の戦場から血なまぐさい臭いが流れてきた。

「いざ、ござんなれっ!」

 実休は愛刀の三雲光忠みくもみつただを抜き放ち、天にえた。頭上にはあいを淡く溶いたような蒼穹そらがどこまでも広がっていた。魂が吸い込まれるような青い色であった。

「いまこそ、わが太刀とともに冥土へまいる」

 そのとき――。

 一発の弾丸が実休の胸を直撃した。

 朦朧もうろうと霞む実休の視界の中に、首なし馬が飛び込んできた。

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首なし馬 海石榴 @umi-zakuro7132

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