07_退院と約束

カトレアちゃんのリハビリは2か月に及んだ。

1日にどれくらいやっているかなんてわからない。


多分聞いても本当のことを教えてくれるかは疑問だ。

なにしろ、彼女は一度も『リハビリが大変』なんて言ったことがないのだから。


とにかくリハビリを続け、ひとりで立ち、ひとりで歩けるようになった。

そして、退院が決まったのだ。


退院は決まったら実行までが早い。

もう、明日には退院らしい。

俺は慌てて花の予約に行った。




病室に行ったら、カトレアちゃんはベッドに横になっていた。



「あと1日…長かったけど、やっと退院できるよぉ」


「リハビリ頑張ったもんね」


「ふふふ」



嬉しそうだ。

彼女が病院で過ごした期間は2か月間。


ただ、彼女が眠り続けた6か月を含めると、8か月も病院にいたことになる。



「智成くん!肉もだんだんついてきたんだよ!?」



そういって、袖をまくって、腕を見せるカトレアちゃん。



「ほら、触ってみて!力こぶ固いでしょ!」



俺に、彼女の身体に触る資格があるのか疑問だが、目の前で躊躇することはできない。



「お!ホントだ!固い!」


「でしょ!?胸も……」



そこまで言って気づいたのか、カトレアちゃんは真っ赤になってしまった。



「明日の退院は何時?」


「朝の検診が終わってからだから、10時から11時くらいかな」


「迎えにくるよ」


「ホント!?嬉しい!」






翌日、10時には病院に行った。

学校は休んだ。

俺にとって学校とはその程度。



手ごろな大きさの花束を持って、待合室で待っていた。



「あれ?紙山くん、今日平日じゃない?」



看護師の名島さんだ。



「今日、退院だから……」


「へー、関心関心。ちゃんとカレシやってるじゃなーい!!お姉さん妬けちゃうわ!」



身体は来ているけど、気持ちは置いてきている気がする。

ここに来ているのも『嘘』なのだから。



「もう手続き終わると思うから、もう少し待っててね」



名島さんが目を細めて笑った後、行ってしまった。

彼女もまたカトレアちゃんを応援している人。


そして、俺は彼女すらも騙す悪いやつ。




しばらくすると、キャスター付きの荷物を引いて、両親とともにカトレアちゃんが病室から出てきた。


久々に私服だった。

入院中はずっとパジャマだったので、新鮮に映った。



「あ、智成くん!来てくれたんだ!」


「もちろんだよ。はい、これ。荷物は俺が持つよ」



キャスターの荷物と交換に彼女に花束を渡す。



「わあ!きれい!ありがとう!」


「その……なんんだ。ありがとう。玲愛(れあ)のために……」



カトレアちゃんのお父さんにお礼を言われた。

すいません。

これも嘘なんです。




そのまま車に乗せられて、加藤家に連れていかれた。






「え!?パーティー!?」


「そうなんだ。玲愛の退院パーティー。きみも参加してくれるだろ?」


「智成くんもぜひ!」



なんだよ、両親!

あなたの娘を殺しかけた男ですよ!?俺!!


そんなやつがカトレアちゃんの退院を祝うってどんな冗談だ。



「あの……俺……」


「智成くん、ちょっとでもいいから参加して行って!」



カトレアちゃん……そんな笑顔で言われたら、俺は断れないよ。




パーティーとは言っても、家族だけの、いや、家族と異分子の俺だけの4人だけのパーティー。

カトレアちゃんのお母さんが料理を作って、お父さんがケーキを買ってきて……


お父さんが、『ケーキにロウソクは何本だ?』って聞いたら、お母さんが『誕生日じゃないんだから、ロウソクは要らないでしょ』ってツッコんで……


カトレアちゃん……めちゃくちゃいい家に生まれてる。

こんないい両親に育てられたから、カトレアちゃんもこんなにいい子なんだ……


なんか、見てるだけで胸がいっぱいに……



「じゃあ、乾杯しようか!」


「お父さん、それお酒でしょ!?智成くんにはジュースで!」


「ははは、すまんすまん、つい……」






料理を食べて、ケーキを食べて、ご両親の話を聞いて……

こんな時に別れ話なんてできるはずがない。


悪魔でもこんな状況で別れ話をすることはないだろう。

俺は、パーティーを楽しむだけ楽しんで帰った。

帰りがけには、玄関で家族3人に見送られて。


ここで笑っているなんて、悪魔だろ俺……





帰りがけ、公園のトイレで食べたものはほとんど吐いた。

気持ち的にダメだったのか、身体が受け付けなかったのか……


公園の汚いトイレに這いつくばって泣いた。






一見、弱そうに見えるカトレアちゃんだけど、彼女は芯が強い。

一見、強そうだけど、実は脆いところがあるユリ。


ぼんやりと、ネットで『カトレア』と『ユリ』について調べていた。

もちろん、暇つぶしで。


『カトレア』は大きな花を咲かせる。

暑さ寒さにも強くて、花言葉は『魔力』『魅惑的』。


『ユリ』は小さな花を咲かせる。

暑さ寒さには強いが、球根が腐りやすく、加湿にも弱い。

極度の感想も嫌う。

花言葉は『純粋』『無垢』。


なんとなく、彼女たちのことを思うと、印象は花のそれと合っているようで、逆になっているようで……


一つ分かることは、カトレアちゃんは強い。

俺はユリを甘やかしてきたし、俺はユリに甘えている。





家に帰ると、もう俺の両親も家に帰っている時間だった。

思ったよりも公園で長い時間過ごしてしまったようだ。


「智成、遅かったな。ユリちゃんのとこか?あんまり遅くまでいて迷惑になるなよ?」


「あ、いや、今日は……」



家に帰ると父さんに話しかけられた。


どうも俺は顔に出ないらしい。

心はボロボロなのに、顔には出ない。

平然と日常を暮らしているみたいだ。



「あ、そうだ、週末そのユリちゃんのところ食事会だから。時間空けとけよ?」


「……」



隣の中尾家とうちは仲が良い。

一緒に食事をすることも珍しくないが、最近では少なくなっていた。


どういう風の吹きまわしなのか。

それよりも、今日はユリと話していない。

ユリは学校に行っただろうが、俺はサボってカトレアちゃんの退院パーティーに参加していたから……


メッセでも送っておくか。




『週末の食事会のこと聞いた?』


『聞いた!珍しいね』


『確かに』


『この間お父さんに智成と付き合っているのか聞かれた』


『まじで!?』


『付き合ってるって答えた』


『そか』


『……食事会までに玲愛ちゃんと別れられないかな?』


『やってみる』



もう一段階悪い方に進んだ気がした。

今週末の食事会まであと数日。


俺は、カトレアちゃんの家に行って全てを話し別れを告げることを決意した。

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