02_ユリとの関係・カトレアの行方
こんなに全力で走ったことがないってくらい走った。
やっとカトレアちゃんの家に着いたけど、誰もいなかった。
相変わらず電話も出ない。
『どこにいる!?大丈夫!?』というメッセージも既読が付かない。
嫌な予感がしまくっている。
何度も待ち合わせ場所に行ったり、家に行ったりした。
冷静に考えたら無駄な動きかもしれないが、とにかく俺にできることがそれしかなかった。
駅のスクリーン近くは警察による現場検証が終わったみたいだ。
やっとスクリーン近くに行けたと思ったら、地面に落ちている髪留めを見つけた。
それは、俺がプレゼントしたあの髪留めだった……
飾りの部分は壊れてしまって、金具の部分はねじ曲がっていた。
俺がプレゼントした物なので、見間違えることはない。
ただ、その持ち主の姿はいくら探しても見つからなかった。
近くの交番に行って、事故でけが人がいたか聞いてみたが、教えてもらえないらしい。
なんだよ、個人情報!
自分の家に帰ったけど、全然落ち着かない。
俺は、ユリとの約束も忘れて家でひたすら連絡を待った。
夜になって、カトレアちゃんの家に行っても、家の電気が点いてない。
これまで送って行ったときは、部屋の電気が点いていたから、何かおかしいことだけは分かった。
ただ、どこに行っても、誰と話しても、カトレアちゃんの居場所がわからないのだ。
■■■■■
翌日の朝になって、ユリとの約束を思い出した。
LINEにはユリからのメッセがたくさん着ていた。
『夕方って何時?待ってて大丈夫?』
『私ウザかったかな?悪いところは直すから会いに来て』
『ごめん、私は自分で思ってるより重い女だった。でも智成が好きなの』
『顔見るだけでいいの、会いたい』
『電話で一言だけでも無理かな?』
『お願い……なんでもするから』
この他、着信が12件。
全部ユリからだった。
普段教室で音がしたら困るから、音を切っていたのがまずかった。
朝、まだ早い時間にユリに会いに行ったら、思ったよりもボロボロだった。
「智成……待ってたの!待ってたの!」
「ごめん。色々あって連絡できなかった。」
どうやら、ユリの両親は仕事に出た後だったらしい。
ユリはかなり衰弱していた。
部活も休んだみたいだな。
よく両親はこの状態で会社に行ったなぁ。
「大丈夫か?」
「うん……」
太陽みたいな笑顔あトレードマークのユリなのに、今はその笑顔が陰っている。
横に座って、頭をなでたりして1日を過ごした。
「部活、休んだのか?」
「うん……もういいの」
「どうしたんだよ。めちゃくちゃ頑張ってたのに」
「智成の気を惹こうと思って……」
「そうなの?」
「昔、足が速いの誉めてくれたから……一番になったらまた褒めてくれると思って……」
「バカだな。そんなことしなくてもずっと見てたよ。」
「ホント?」
「うん、俺も気づかなかっただけで、ずっとユリのことが好きだった。」
「ホント!?嬉しい!」
またユリを抱きしめていた。
小さく座っているユリが愛おしくて肩を抱いたり、頭を撫でたりして慰めた。
「ちゃんとおばさんが帰ってくるまでいるからな」
「泊まったら?」
「バカ、すぐ隣だろ?メッセ送ってくれよ」
「うん……」
今のユリに、カトレアちゃんの話をするのは憚られた。
目の前のユリを元気づけることが俺にできる数少ないことだと思い、一緒に過ごして色々と話をした。
ユリはほんの数日で急激に調子を戻していった。
あの太陽のような笑顔も戻ってきた。
「いや~、智成くんのお陰ね」
おばさんが誉めてくれている。
ただ、これは俺に向けられた言葉というよりは、ユリに向けた『言い訳』なのかもしれない。
仕事が抜けられないのだろう。
ただ、娘のことも心配している。
だから、俺を置いて行った。
そして、あの落ち込みの原因も俺がらみだと知っていたから、ベストの対処をしたと考えているのかもしれない。
俺だって、ユリが元気になるのは嬉しい。
ただ、俺には懸念事項がある。
カトレアちゃんのこと。
あれから全然会えていない。
家に行っても誰もいない。
メッセージも既読が付かないのだ。
俺が、カトレアちゃんに会えたのは、あのデートの待ち合わせの日から2週間後のことだった。
◇◇◇◇◇
ユリが少し調子が良くなったので、昼間にカトレアちゃんの家に行ってみた。
そしたら、そこにカトレアちゃんのお母さんらしき人物が家に入っていくのが見えた。
思い切って声をかけた。
「あら、もしかして、あなたが智成くん?」
「え?あ、はい……」
初対面の人に名乗る前に名前を言われると驚くものだ。
「いつも名前を聞いていたから……」
「あの!カトレア……玲愛さんはいま!?」
「ごめんなさいね。あの子ね、今、事故にあって病院なの……」
「あえっ、会えますか!?」
「そうね……智成くんなら、あの子も会いたいかもね…」
『智成くんなら』?
会う人と会わない人がいるということだろうか!?
そもそも事故って、どの程度のケガなのか!?
「どうする?今日これからか……次は3日後に着替えを取りに来るけど……」
「今から会えるなら、今からでっ!」
「じゃあ、車に乗って。車ならすぐそこだから」
「はい!」
おばさんに車に乗せてもらって、病院まで連れてきてもらった。
付いたのは、比較的近所の総合病院。
ホテルみたいにきれいで、かなり大きい建物だ。
ナースセンターで名前を書いて、面会手続きをした。
ただ、ひとつひとつがもどかしい。
一刻も早くカトレアちゃんの元気な顔が見たいのに!
『ケガしちゃった』みたいな感じで、いつもの笑顔を見せてほしかった。
病室に通されてそこで見たのは、全身包帯まみれで、酸素吸入器を付けられたカトレアちゃんだった。
「こ、これは……」
「ごめんなさい。びっくりしたでしょ?」
「あ、はい……」
「玲愛はね、駅にいるところで事故にあったの。自動車が暴走してきてね……」
「……」
「アクセスとブレーキの踏み間違いってことらしくて……」
「……」
「ケガはそこまで大したことないそうだけど、頭を打ったみたいで、まだ意識が戻らないの……」
「……」
「お医者さんの話では、とっくに目覚めていいはずらしくて……毎日声を変えているんだけど、なかなか起きてくれなくて……」
おばさんは、話しながら涙をぬぐった。
「智成くんの声なら玲愛に届くかもしれないから……ごめんなさいね」
それだけ言うと、おばさんは席を外した。
俺と、カトレアちゃんの時間を作ってくれたのだろう。
頭には包帯が巻かれている。
あのきれいな黒髪のほとんどは、白い包帯によって隠れていた。
いつかは見たいと思っていた、カトレアちゃんの寝顔は不本意な形で見ることになってしまったが、寝顔は実に穏やかだ。
静かな一人部屋の病室で、脈拍だか心拍音だかの機械の音だけが、定期的にピッピッピッピッと音をさせていた。
透明の酸素吸入器のマスクが口に当てられ、恐らく酸素が吸いやすくなっているのだろう。
あのかわいらしいカトレアちゃんには不似合いな無骨な器具がたくさんついている。
「カトレアちゃん……」
そう声を出した時には、俺も泣いていた。
実は、俺は気づいていた。
ネットニュースを見て、正確な事故発生時刻を知っていたのだ。
俺たちの待ち合わせ時間の12分後。
つまり、俺が遅刻しなければ、カトレアちゃんはあの場にいなかったわけで。
当然事故にも遭わなかった……
俺が彼女を事故に遭わせったという事実。
そして、遅れた理由はユリと抱き合っていたから。
つまり、俺は、他の女の子と抱き合っていて、待ち合わせに遅刻した挙句、彼女を殺しかけた最低野郎だということ。
純粋に彼女が無事であってほしいと願っていたのも本当だが、この事実を突きつけられたくないという自分勝手な気持ちもあったことをこの場で気づいた。
それは、俺の首元に突き付けられた刃物の様に俺の身体を委縮させる。
それまでも、やもや黒い霧の様だったものが固まり、俺の中で罪悪感という名の塊になった。
カトレアちゃんの無邪気な寝顔は、俺に、悲しみ、恐れ、絶望、罪悪感といった様々な感情を呼び起こさせた。
「カトレアちゃん……目を覚ましてくれよ。ごめん、何日も一人にして……」
ドラマなんかだと、ここで奇跡の様にヒロインは目を覚ますのだろうが、現実は厳しいものだった。
指先には脈拍を計るクリップが付けられていた。
二の腕には、血圧を計るための帯のような物が巻かれていた。
反対の手には点滴のチューブが付けられていた。
俺は、彼女の手を握ることもできなかった。
声だけでダメなら、感触も刺激として試してみたかったのだ。
もっとも、まだ手をつないだことなどないので、思い出す感触はないのだけれど。
俺は心の柔らかい部分を金たわしでゴシゴシ磨かれたような気分だった。
彼女は事故になんてあってない、というかすかな希望は途絶えた。
しかも、意識不明だなんて。
静かに眠ったままのカトレアちゃんをずっと黙って見守った。
部屋には、ピッピッピッピッという定期的な音と、5分か、10分かおきに動くブーという血圧計の帯が膨らむ音。
俺はそこに1時間いたのか、3時間いたのか、とにかく自分では動けなくなっていた。
脚が床にくっついてしまっているのではないかと思っていた。
「ごめんなさい。ちょっと先生とお話があって……」
そういって、軽いノックの後、病室に入ってきたのは、カトレアちゃんのお母さん。
「ショックが大きかったかもしれないわね。ごめんなさい。できることは一つでも多く試しておきたくて……」
「いえ、またお見舞いに来てもいいですか?」
「ええ、本当は面会謝絶なのだけど、会えるように手続きをしておくわね」
「ありがとうございます」
「玲愛はね、危篤とか、植物状態とかではないの。普通に寝ているのと同じなのだそうよ?」
「そうなんですか……」
「この子ったら、少しおっとりしたところがあるとは思っていたのだけど、眠ったまま起きるのを忘れちゃうなんてね……」
お母さんがまた涙ぐんでいた。
すいません、娘さんがこうなってしまったのは、全部俺のせいなんです。
それが言えたら、どれだけよかっただろう。
ただ、卑怯な俺は黙っておばさんを見ているだけだった。
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