10_俺と彼女のハッピーエンド

翌日はユリとデートをした。

月並みだが、映画を見て、食事をした。

そう言えば、ユリがカトレアちゃんに渡したメモに書かれたコースっぽい。




なんだかんだ言って、ユリの趣味とか希望とかが込められていたのかもしれない。

ユリとのデートは、実に円滑だった。

なにしろ、ユリが今なにを考えているのかは、ほとんど分かるからだ。


そして、俺の考えていることもユリには分かっているようだった。

そんな二人が行動したら、つっかえる訳がない。


例えば、昼ご飯を食べる時。

和食か洋食か、はたまたファストフードか。

価値観が同じなので、意見が割れることがない。


本当は、相手は和食が食べたくて、自分は洋食が食べたい場合でも、ユリは夕食まで考えて提案してくれる。

相手が自分とは違う観点で考えているのがわかっている。

意見が違っても、割と尊重するので、そもそも意見がぶつからない。




あえて困るというならば、ユリも女の子。

服を選ぶのには時間がかかる。

そして、どちらが似合うかとか聞いてくる。


二者択一で片方を選んでも、正解はない。

こういった買い物だけは、女子同士で行った方がいいと思う。




結局デート中も、俺は全然集中できなかった。

多分、ユリも気づいていただろう。

でも、指摘はしなかった。






その翌日は一人で自転車に乗って誰もいないところまで走った。

近所の低い山に登って、展望台まで来て遠くから住んでいる街を眺めた。



カトレアちゃんの家が見えた。


カトレアちゃんは、俺の理想を具現化したみたいな服装、振舞い、仕草の女の子だった。

俺の情報を集めて俺の理想に近づけていた。

好きな人がいたらそれくらいやるかもしれないが、出会いは俺たちが小学生の頃。


10年も人を想い続けることなんて出来るのか?

彼女は自分を、俺の理想に寄せてきた。

嬉しい限りだ。


本当は怖がりで、自信が持てない女の子。

でも、芯が強くて、根気強い。

そして、なにより俺のことを好きでいてくれる。




俺たちが住んでいるマンションも見えた。


ユリは俺が子供の頃からずっと隣にいた。

俺の理想の姿とは、ある意味真逆の女の子。

彼女は気づかなかったとしても、ずっと、俺のことを想ってくれていた。


強そうに見えて、内が脆い。

何かのはずみで壊れてしまうかもしれない。

俺が傍にいないとダメなんだ。




俺はどうなのだろうか。

どうしたいのか。

こんな調子では、どちらとも付き合う資格などない。

両方と別れて一人で静かに暮らすのが最適解なんじゃないだろうか。


二人とも好きで、二人ともと寄り添いたいと思う俺は、両方に不誠実で裏切り者だ。

多分、これが俺の答え。


答えが出てもそれを答えとして採用することができない。

どうすることもできないことだけがわかった。






家に帰った。

どうしようもないこともわかった。

人はこんな時どうしているのか……



「あら、智成おかえり。顔色悪いわよ?」



母さんが声をかけてくれた。

もう、春だというのに気分は全く晴れない。


胃が痛くて、ムカムカして……(ブハッ)



「智成!?智成!?」






□□□□□

俺は大量に血を吐いて母親を驚かせた。

洗面器いっぱいにコーヒー色の血を吐いたので、死ぬかと思った。

救急車で運ばれて、急遽手術を受けることになった。



胃に大穴が開いたらしい。

しかも、血管が破れたとかで思た以上に血が出たみたい。


手術の後は、1週間も入院することになった。

病院の判断で家族を含め全員の面会謝絶となった。


確かに、病院ではストレスの元まではわからない。

だから、全員と会わせないことにしたみたいだ。


ちょうど一人になりたかったから、それもいいかと思ったのだ。




入院つまらない。

朝から看護師さんが体温や血圧をはかりに来たりするので、ぼんやり過ごすこともできない。

部屋の照明が点くので決まった時間に起きて、決まった時間にご飯を食べ、決まった時間に寝る。


こんな生活を2か月も続けていたのかと、カトレアちゃんに思いを馳せた。



「だいぶ色男になったね」



検温に来てくれたのは、いつかの名島さんだった。



「青春だから、色々悩むのは悪いこととは思わないわよ?だけど、胃にあんな大穴開けるのは悩み過ぎよ」


「……」



無言で苦笑いが出た。



「私はあんただって応援してるんだから、身体は大切にね」


「ありがとうございます」



名島さんに会って話したことが、入院して唯一よかったことだろうか。





退院して、外の空気が外の空気が吸いたくなった俺は外に出た。

辺りではそこかしこに桜が咲いている。

俺も知らぬ間に3年生になっていた。



いつぞやの公園も桜が咲き誇っていた。

以前来た時は、汚い公衆トイレの地べたに這いつくばってゲロを吐きまくっていた。


桜はそんなことは関係なくきれいに咲いている。

ふと見ると、そこにはカトレアちゃんが立っていた。



「カトレアちゃん……」


「退院おめでとう。お見舞い行けなくてごめんな」



病院に来てくれたのかもしれない。

面会謝絶だから、会うことなんて出来なかったはず。



「あのね……智成くんに報告」



偶然出会った俺に報告とは!?



「私ね、転校することになったの」


「え!?」


「だから、別れてあげるね……これ以上無理を言ったら、智成くんが壊れちゃう」


「……」



何と言っていいのか、返す言葉が見つからなかった。



「いっぱい良いことがあって、いっぱい悔しいことがあった……」



俺がカトレアちゃんにしたことなんて申し訳ないことばかりだった。



「1回だけ思いっきり頬をたたかせて」



1回と言わず、何回でも叩いてくれてよかった。

むしろその方が俺の気も楽になる。

なんならバットを持ってきてもいいくらいだ。


俺は目をつぶった。



「その……舌を噛むと危ないから歯を食いしばって」


こんな時まで優しいな。

俺は言われた通り、歯を食いしばった。


微かにやわらかいカトレアちゃんのにおいがしたと思ったら、唇に感触が……



驚きで目を開けたら、カトレアちゃんの顔があった。

俺の頬には手が添えられて……



しばらくして、カトレアちゃんは2歩、3歩離れて俺に背を向けた。



「これはね、私のファーストキス」



カトレアちゃんの表情は見えない。



「私とはもう、付き合ってもらえないかもしれないけど、春が来るたびに私を思い出す。私からの呪いで、お祝い」



少しこちらを向いたけれど、表情までは読み取れない。



「一生忘れられない心の楔(くさび)……」



カトレアちゃんは向こうを向いたまま空を見上げた。



「私も一生忘れられない、心に打ち込まれた楔(くさび)……」



表情は見えないけれど、カトレアちゃんは泣いていたと思う。



「さようなら。転校するって決めたら気持ちが冷めちゃった。勝手でごめんね」




絶対嘘だ。

さっきは『転校が決まった』と、あたかも自分以外の誰かに転校させられるような言い方だったが、今は『転校するって決めた』と自分で決めたような言い方だ。


どちらが本当かはわからないけれど、カトレアちゃんは俺のことを想って身を引くことにしてくれたのだろう。

俺がこれ以上苦しまないように。


そのままカトレアちゃんの表情は見えないまま、彼女は去っていった。

俺は、何もできず、何も言えず、ただその場で立ったままだった。





家に帰れば、俺の部屋にユリはいるだろう。

俺のベッドの上でゴロゴロしたまま、いつもの調子で『おかりー』なんていうのだろう。


あと1年の高校生活を、俺はユリと過ごす。


きっと彼女は、誰もが羨む最高の彼女だろう。

その彼女と付き合う俺も羨ましがられるのかもしれない。

俺はこの先、何も考えず、ユリと付き合い続けることはできるのだろうか……




俺の物語の中では、メインヒロインは『ユリ』ってことになるのだろう。


よくある、ラブコメのサブヒロインはいつの間にかいなくなっている。

ただ、それは作者が注目しなくなり、読者に忘れられるだけであって、実際は存在が無くなる訳じゃない。


どんな苦しい決断を迫られているのかは想像もつかない。


俺は、カトレアちゃんの優しさを踏みつけて先に進むことにしたのだから、そんなことなど一切気付かず、ユリと幸せに暮らさなければならない。


カトレアちゃんによって心に打ち込まれた『楔(くさび)』のことなど、ユリに一切気付かれることなく。


俺への呪いは、春になるたび、桜を見るたび発動する。

1年後も、5年後も、10年後も……もしかしたら、一生かも。

その時の表情のくもりすらも、ユリに気づかれることは許されないのだ。


これが俺の『ハッピーエンド』。

彼女も、家族も、みんなが喜ぶ『ハッピーエンド』だ……




―――――

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普段は本当のハッピーエンドを書いています。

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猫カレーฅ^•ω•^ฅ

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【完結】ユリとカトレアと俺~幼馴染の紹介してくれた彼女~ 猫カレーฅ^•ω•^ฅ @nekocurry

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