09_家族の祝福

カトレアちゃんの家から帰る時、俺はどうしたらいいのか、わからないでいた。

彼女の一生をめちゃくちゃにした俺が、言葉の上だけだとしても許された。


刺されても文句を言えない程、酷いことをしたのに、付き合ってほしいと言われた。

それどころか、思いの深さをまざまざと見せつけられた。


正直、重い。

でも、一生の中で人にそれだけ好かれることってあるだろうか。

そして、それだけ好きになることってあるだろうか。


俺は、カトレアちゃんと付き合えば、許されるのだろうか。

幸せになるのだろうか。


彼女が失ったものを、俺の一生をかけて取り戻していけば、俺は俺の人生を歩んだと胸を張って言えるのではないだろうか。





ただ、結果は、カトレアちゃんと別れていない。

それどころか、これからユリに内緒にして付き合う話をしてきてしまった。


俺はユリと別れて、カトレアちゃんと付き合えば全てが丸く収まるのではと思い始めていた。



家に帰ると、ユリとその両親が既にうちに来ていた。

そう言えば、今日が『食事会』の日か。


俺にとっては『カトレアちゃんと別れないといけないリミット』という認識だったから、食事会のことを忘れていた。



「ただいま」


「あ!帰ってきた!遅いぞ!智成!」


「先に初めてまーす!」



帰ってきたら、既に、父さんは酒を飲み始めていたし、ユリのお父さんも一緒に飲んでいるようだった。


普段なら、みんなこの時間には帰っていないだろうから、都合を合わせて早く帰ってきたのだろう。



ユリが俺の部屋から顔だけ出して、『ちょいちょい』と手招きしていた。


きた。

きてしまった。



誘われるがままに、部屋に行って上着を脱ぎながら聞いた。



「なに?」


「なにじゃないわよ。どうだった?」


「うん……言ってきた」


「そう!じゃあ、別れてきたの!?」


「うん……」


「ホント!?じゃあ、大丈夫ね!」


「え?」


「なんか、今日の食事会って『お祝い』みたいなの」


「?」


「私と智成が付き合っているって知った親たちが、私たちを冷やかしがてら祝うために催したみたいなの」



なんてことだ。

このタイミングで……



「でも、よかったね。これで気兼ねなく参加できるね!」


「ああ……」


「玲愛ちゃんには申し訳ないことをしたと思う。私もお詫びをしたいけど、そんなことしたら余計傷つけちゃう。あとは時間が解決してくれるのを待つしかないね……」



今日、まさに事態はさらに悪くなったのだが……



「何年かして、落ち着いたら謝れたらいいな……」



そんな日はこない。

来ないのだ。





テレビの前の低いテーブルに料理が並べられていた。

脇で、お互いの父親が並んで酒を酌み交わしていた。


俺とユリは俗にいう『お誕生席』に横並びで座らされ、ジュースが注がれたコップが置かれた。


うちの母さんは追加の料理やティッシュなどを持ってキッチンと行ったり来たりしているし、ユリのお母さんはテーブルの上の料理を取り分けてくれたり忙しそうだった。


そのうち、『食事会』が始まった。

普段食卓に上らないような、カニとかしゃぶしゃぶとかが並んでいる。

単なる『食事会』じゃないのは、見ただけで理解できた。




「じゃあ、我らの子供たちの将来に!」


「「「「かんぱーい!」」」」



父さんたちは既に飲み始めていたが、ここに来て飲み直しみたいだ。

ユリも料理を取り分けてくれて俺に出してくれたりして、甲斐甲斐しい。



「いやー、それにしてもユリちゃんと智成が付き合うとわね!」


「昔からそうなったらいいねとは言ってたけどね」



父さんたちは既に出来上がっている。



「もう、お父さんやめてよ!」



ユリがテレてる。



「私もユリが急に陸上をやめるって言った時にはびっくりしたけど、最近じゃ、お料理とか勉強とか頑張っちゃってね!誰かさんの気を引きたいのかしらね!」


「もう!お母さんまで!」



カトレアちゃんのことが無かったら、俺も楽しめたのだろう。

そして、幸せを感じていたのかもしれない。



「智成、今日は頑張ってきたね。ありがと」



ユリは、俺がカトレアちゃんに別れ話をしたからテンションが低いと思っているのだろう。



「ユリ、この間の成績学年2位まで来たんですよ!その前が4位!」


「それはすごい!やっぱり進学ですかね!?」


「智成くんと一緒に大学生になれたらいいなと、私は思ってるんですよ」


「あーダメダメ。うちのは成績あんまりよくないから、ユリちゃんに家庭教師してもらおうかな」


「あー、それいいんじゃないですか?家庭教師はあれでも、一緒に勉強して成績を伸ばしあったら」



親たちが勝手なことを言っている。

きっとユリは現役で大学に受かるだろう。


俺は……相当な努力が必要そうだ。


カトレアちゃんは、どんなに努力しても、留年だろう。

俺達が受験勉強をしている時に、もう一度2年生。

友達もみんないなくなって。


そんな過酷な状況に彼女一人置き去りにすることなんて……



豪華な食事を前にしても、なにも食べた気がしない。



「ねえねえ、智成」


「なに?」


「明日、デートしない?」


「え、いいけど?」


「ほら、今まであれだったじゃない?明日は気兼ねなく外に出かけてさ」



そこで、ユリのお父さんが気が付いたようだ。



「ああー、ユリが智成くんと内緒話をー!お父さんちょっと複雑!小さい時はお父さんと結婚するって言ってくれたのに!」


「ははははは、中尾さん、無理ですよ。子供たちは成長しますから」


「おー!俺のかわいいユリはもう智成くんのものだったー!」


「「ははははは」」




ユリが顔を真っ赤にして黙ってる。

あの顔は『お父さん後で覚悟していてね!』の顔だろう。



それにしても、デートか。

確かに、ユリとちゃんと出かけたことはないな。

一度出かけて、カトレアちゃんのことをちゃんと相談するか。


いや、その前に俺はどうしたいのか……

ユリとのデートとは別に一人で考える時間を作ろうかな。

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