08_告白と過去
カトレアちゃんが退院した翌々日、学校が終わってすぐにカトレアちゃんの家に行った。
ユリとの約束で、この週末までにカトレアちゃんと別れなければならない。
「あ、いらっしゃい!智成くん」
「カトレアちゃんが出迎えてくれた」
もう歩くのは大丈夫そうだ。
2か月のリハビリが実を結んだのだろう。
彼女は強い。
だから、これから俺がする話にも耐えてくれるはず。
リビングに通された。
そして、家にはカトレアちゃんの他にカトレアちゃんのお母さんもいた。
この状態で、カトレアちゃんだけに話をするのは不可能だ。
お母さんにも聞いてもらおう。
俺の不貞を、全部ぶちまけて、とことんまで嫌ってもらえれば、別れ話もしやすくなる。
それどころか、カトレアちゃんと会うことを禁止されるかもしれない。
「今日は、お二人に話しておきたいことがあったので来ました」
「あら?深刻なお話?私がいても大丈夫?」
お母さんが気を利かせてくれる。
ただ、嫌われたいので、『いて大丈夫です』と留まってもらった。
テーブルについて話を始めた。
「その……玲愛(れあ)さんの事故について……」
第一声で急に重たい空気になった。
「あの日……玲愛さんが事故にあった日、俺と待ち合わせしていました。そして20分以上遅刻しました」
「「……」」
「事故にあったのは、待ち合わせ時間から12分後。つまり、俺が待ち合わせに時間通りに来れば、玲愛さんは事故に遭わなかったんです」
「「……」」
二人とも黙って聞いてくれた。
俺は顔をあげられなくてリアクションが見れない。
おばさんがキッチンに立って、グラスに麦茶を入れ始めた。
俺はそのまま下を向いていた。
(コト)俺の前にグラスの麦茶が出された。
「智成くん、玲愛が事故に遭ったのは、あなたのせいじゃないわ。暴走自動車のせいよ?」
おばさんが言った。
「そ、そうだよ……そんなこと気にしてたなんて、知らなくて……」
カトレアちゃんも続けた。
それだけだったら、俺もそう思うことができたかもしれない。
俺の裏切りはここからだ。
「暴走自動車については今も裁判を……」
「違うんです!」
おばさんの話を遮って、俺は告白を続けた。
「あの日、遅れた理由は……別の女の子と一緒にいたからです」
「「……」」
今度こそ、しーんとしてしまった。
「……女の子って、中尾さんかな?」
カトレアちゃんが恐る恐る聞いた。
「そう。色々不安定になって、慰めてた。肩を抱いたり、抱きしめたりもしてた」
「そう……なんだ。なんだか妬けちゃうな……」
カトレアちゃんが、笑ったような、泣いたような表情で答えた。
「でも、智成くんと、中尾さんは幼馴染で、そんなの普通なんでしょ?」
ある意味、そうかもしれない。
兄妹という感覚もあった。
それも、付き合い始める前までの話。
今では完全にカノジョだと思っている。
そうか。
この話をしていないから、うまく伝わらないのか。
「玲愛さんが昏睡状態になってから、その後、俺とユリ……その幼馴染とは付き合い始めました。ずっと黙ってました……すいません」
言った。
全部言った。
これで嫌われる。
軽蔑される。
この家からも叩き出されるかもしれない。
「ここからは二人の話みたいね。お母さんは席を外すわね。」
おばさんが、席を立った。
カトレアちゃんも無言でおばさんを見て、そのまま見送った。
「買い物に行ってくるわ」
そう言って、おばさんは出て行ってしまった。
若干反応は思ったのと違ったが、嫌われただろう。
これで良かったのだ。
あとは、カトレアちゃんに叩かれるなり、文句を言われるなりすれば終わりだ。
「智成くん……」
「はい」
つい、敬語で返事してしまった。
「私はね……嫌だな」
「うん」
「私からしたらね、事故に遭って一晩寝たら身体が動かなくて、カレシも取られていたみたいな」
「うん」
「リハビリも頑張ったのに……」
「ごめん」
「なにもできなくて、フラれるのは嫌なの」
「え?」
「事情はわかった……変だなと思わなかった訳じゃなかった。でも、怖くて聞けなかった……」
「……」
「でも、言ってくれてよかった。私にもまだ巻き返しの機会をちょうだい!」
「え!?」
「私、智成くんと付き合ったのが初めてだから、そういうの疎くて……でも、知らない間にフラれてるなんて嫌!私にもチャンスが欲しいの!」
「でも、俺……カトレアちゃんを事故に遭わせたヤツだよ?」
「事故は車のせい!そこは智成くんが責任感じなくていいの!」
「そんな訳には……」
「私が寝てる間も毎日お見舞いに来てくれて、リハビリの時も来てくれて……名島さんから全部聞いてるから!いい加減な人はそんなことできる訳ない!クリスマスも、お正月も来てくれたって知ってるもん!」
「それは……」
善意なんかじゃない。
たぶん、贖罪からだ。
それは、違うんだよ。
「俺は、今日、ユリにカトレアちゃんと別れてくるって約束してて……」
(ドンッ)カトレアちゃんが両手でテーブルを思いっきり叩いた。
テーブルの上の麦茶の氷がカランと音を立てた。
「1か月でも、2か月でもいいの!私にも時間を頂戴!必ず……必ず私のことを好きにさせてみせるから!!」
見れば、カトレアちゃんは涙をこぼしていた。
「なんで、そこまで俺のことを……」
初めてのカレシって言っていたから、単に執着なのか……
「……本当は言わないつもりだったけど」
カトレアちゃんが、なにか伝えたいみたいだ。
「智成くん、私の部屋に着いてきて」
一瞬邪な考えが浮かんだが、彼女はそんな子じゃない。
俺は2階のカトレアちゃんの部屋まで着いて行った。
彼女はまだ階段は辛いみたいで、手助けして2階に上がった。
部屋に入ると、一段とカトレアちゃんのにおいがした。
俺の部屋ともユリの部屋とも違う、女の子らしい部屋。
「座るとこベッドしかないけど、座って」
そう言うと、カトレアちゃんは自分の机の引き出しを開けて中から何か取り出していた。
なにが出てきても、俺の気持ちは変わらない。
変わるはずがない。
これ以上俺といると、カトレアちゃんは不幸になるのが目に見えていた。
半年以上入院していたから進級だって無理だろう。
留年したら、それまでの友達とも会えなくなる。
勉強だって遅れているはず。
なにより、まだ身体は万全じゃない。
彼女の『普通』が戻るのはまだ先なのだ。
「これ……」
カトレアちゃんが取り出したのは、名札?
それも、小学生が付けるような名札で、ボロボロだった。
一つ違和感を感じた。
その名札にかかれていた名前……
『かみやまともなり』
俺の!?
俺の名札!?
どういうことだ。
訳が分からず、カトレアちゃんの方に視線を送った。
「私ね、前も言ったけど、小さい時いじめられてたの」
そう言えば、そんな話を聞いたかもしれない
「カトレア、カトレアって言われて…」
そうだった。
俺が、『カトレアちゃん』って呼び始めた時のことだ。
「ほんっとうに嫌だった。でも、ある日、廊下でいじめられている私を見て、助けてくれた男子がいたの」
「まさか……」
「うん、多分、ヒーローごっこしてたと思う」
そんな恥ずかしいことは全然覚えていない。
「いじめてた男の子達にやめろって言ってくれて、この名札をくれたの」
おれは、なぜ名札をあげたのか!?
小学生のすることはわからない。
「なにかあったら助けに来るからって言ってくれて……その後、この名札を持っていたらいじめられなくなったの」
小学生のいじめなんてそんなもの。
相手が弱くて、抵抗しないと思ったらエスカレートしていくが、状況が少し変わるだけでその対象が別に移るのだ。
「私にとっては本当のヒーローだった。いじめられなくなったし、それまで声をかけてくれなかった女子たちも声をかけてくれるようになった」
そんなことが……
「だから、そんな智成くんに好きになってもらおうと思って、おしゃれしたり、勉強したり…」
そんなことが!?
俺は全く覚えていない。
中学の時にこんなかわいい子を見つけたら、もう少し記憶にもあったはず。
「進む高校は友達の友達を辿って聞いたの。だから私も同じ高校に……」
「……」
「高校では、男の子の友達経由で紹介してもらおうと思ったけど、その男の子が私に告白してきてダメだった」
そりゃあ、こんなかわいい子に相談とかされたら好きになるよなぁ。
「だから、幼馴染っていう中尾さんに近づいたの」
なるほど。
「幼馴染がいるって知らなかったけど、付き合ってる感じじゃなかったし、中尾さんは有名人だったから相談に乗ってもらいやすくて」
ユリの性格を考えたら、頼られたら絶対応えるタイプだわ。
「紹介してもらえるようにお願いしてたの。そしたら、服とか髪型とかいっぱいアドバイスくれて……」
そうか、それで、初デートの時、俺の理想が具現化したみたいな女の子が目の前に……
「ごめんね、騙したみたいになって。でも、変えたのは髪型くらいで、普通に話してたからね?」
思った以上に重たい話だった。
そして、俺には全く記憶がない。
「智成くんに『カトレアちゃん』って呼ばれて、驚いたけど、嬉しかった。あんなに嫌だった過去まで変わったみたいで……」
「……」
完全にたまたまだ。
全く意識してのことじゃない。
「せっかく、智成くんと付き合えたんだから……一度は好き合えたから、別れるなんて考えられない……」
カトレアちゃんはしゅんとしてしまった。
それでも、すぐに瞳に力が戻って、俺にいった。
「2番目でもいいから、もうちょっと付き合ってもらえないかな?絶対智成くんが好きな女の子になるから!」
「でも……」
既に、ユリと約束している訳で……
「中尾さんには、私と別れたって言っていいから、秘密にするから!お願い!」
とんでもない秘密を聞かされてしまった。
俺が思っていた以上に、カトレアちゃんの想いは深い。
圧倒されて、別れを切り出すことなんて出来なかった。
この時考えていたのは、ユリになんて言い訳するかだった。
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