04_覚醒
カトレアちゃん、俺の彼女が事故にあって入院し、昏睡状態のまま目を覚まさなくなって約半年が過ぎた。
彼女が昏睡状態のまま目を覚まさない間に、俺とユリは付き合うようになっていた。
ユリとは相変わらず良い関係で、ラブラブな日々を過ごしている。
クラスメイトからは揶揄われずつけているけれど、それを素直に喜べない部分が俺達の中にはあった。
俺にも人並みには罪悪感があったということだろう。
そんなことを知ってか知らずか、カトレアちゃんのお母さんから電話があった。
学校の昼休みの時間だった。
『玲愛が!目を覚ましたの!智成くんに会いたいって!』
俺は、そのまま学校を早退して、病院に直行した。
もちろん、行く前にはユリに一言かけた。
「ちょっと様子を見てくる」
「智成!……んーん、なんでもない」
「大丈夫、行ってくる」
「うん」
「夜、連絡する」
「待ってる」
短い言葉の短いやり取り。
でも、これでお互いの気持ちは通じている。
幼馴染なので、付き合いの長さならば、そこら辺の若い夫婦よりも長い。
彼女もカトレアちゃんが目を覚ましたことに対する漠然とした不安があるのだろう。
ただ、今の俺は、ユリのカレシだ。
カトレアちゃんが元気になったら、事情を話して別れるしかないだろう。
とにかく、俺は彼女の元気な姿が見たかった。
□■□■□
病室に着くと、ベッドのリクライニング機能を使って、椅子のようにして身体を少し起こしているカトレアちゃんがいた。
どんな顔をして会えばいいのかわからないでいた。
多分、表情としては『無』だったのではないだろうか。
そして、カトレアちゃんも俺を見た瞬間『無』だった。
それでも、俺の顔を認識した瞬間、『智成くん!?』と俺の名前を呼んでくれた。
彼女は半年間、動かなかったので、思う様に動けないみたいだったが、自分がパジャマ姿であることを恥ずかしがっていた。
その姿を見た瞬間、なんかわからないけど、涙が出た。
ボロボロと人はこんなに涙が出るんだと、冷静に自分自身を見ている自分もいた。
言葉は出ない。
鼻の奥が痛くなって、何も言葉にならないのだ。
「智成くん、泣かないで」
カトレアちゃんがまた俺の名前を呼んでくれた。
恐る恐る近づいて、彼女の手を握る。
あたたかい。
俺が来るまでに心拍系も血圧計も外されていたみたいだ。
なにも言葉は出ないまま、できるだけ優しく彼女の手を握った。
「ごめんなさい。私ずっと眠っていたみたいで……まだよくわからないの」
俺は、ブンブンと首を横に振って『全然大丈夫。君が目を覚ましてくれればそれだけで』と伝えたかった。
「よく寝たって感覚はあるんだけど、そんな何か月もって……身体も動かないし、まだびっくりしているところなの」
もうダメだった。
俺は彼女を優しく抱きしめた。
ありがとう、目覚めてくれて。
ありがとう、俺の名前を呼んでくれて。
「智成くん、来てくれてありがとう」
その声は、おばさんだった。
病室にいたみたいだけど、全然気づかなかった。
それなのに、俺は勝手にボロボロ泣いて、彼女を抱きしめて、恥ずかしかった。
慌ててカトレアちゃんから離れて、挨拶をしようと思うけれど、感極まって言葉にならない。
お母さんとも両手の握手をして、お互いの気持ちを伝えあった。
「もう!智成くん、いつのまにお母さんとも仲良くなってるのよ!」
カトレアちゃんがちょっと拗ねていた。
こんなの嬉しすぎる。
10分か、15分か病室でカトレアちゃんとおばさんと話をしたが、そのうち『ちょっと疲れたから眠るね』と言って、カトレアちゃんは再び眠ってしまった。
「大丈夫なんですか?」
おばさんに小声で聞いてみた。
「なんでも、体力がすごく落ちているから、そんなに長く起きていられないのだそうよ。段々と起きている時間が長くなって、普通になって行くって先生がおっしゃってたわ」
そうなのか。
そんなものなのか。
正常なことならば、よかった。
「これからどうなるんですか?」
「私もまだ聞いていないのだけれど、もう少し入院して、リハビリをするみたいなことを聞いたわ」
「そうなんですね。俺、また来ます」
「今日はありがとうね。学校は大丈夫だったの?」
「はい、学校より大事だったんで」
「ありがとう。智成くん、ありがとう」
よしてください。
俺はそんなお礼を言われるような人間じゃありません。
今この瞬間も、あなたと、あなたの娘さんを騙しているのだから。
病院を出るとき、全ての先生と看護師さんにお礼を言いたい気分だった。
本当に嬉しかった。
そして、病院の建物を出た瞬間、思い出した。
俺は、元気になったカトレアちゃんに別れ話をしなければならないのだった、と。
■■■■■
一旦家に帰ると、すぐに隣の家に行った。
ユリが待っていて、玄関から飛び出してきて抱きしめられた。
「おかえり!智成!」
「ただいま」
「どうだった?」
そう聞きながら俺を部屋の中に連れて行く。
かわいい子に手を引かれていくというのは、なかなかにいいものだ。
(ドサッ)ベッドに押し倒された。
すぐに、俺に絡まって甘えてくるユリ。
「どうしたんだよ?」
「んーん、聞かせて。玲愛ちゃんどうだったの?」
「彼女、目を覚ました」
「え!?」
一瞬だったが、あり得ないという表情。
本当に驚いたみたいだった。
ユリが俺の服の胸元にしがみついて続けた。
「どうするの?また付き合うの!?私はっ!?」
慌てた様子。
「それはないよ。心配しないで」
カトレアちゃんと付き合ったのは1か月程度。
それも半年くらい前の話。
俺にとっては、もう昔の話と思えていた。
一方、ユリとは共犯関係。
しかも、日々会っている上に、このところ俺にべったりだ。
幼馴染なのだけど、こんなにかわいい子に言い寄られると悪い気はしない。
ユリは俺の好みに合わせて髪を伸ばしていた。
これがまた似合っていて、ユリの魅力を高めていた。
ユリに対する愛情も湧いていて、大切にしたいと思っていた。
彼女を一人にすると、また病んでしまうかもしれない。
俺も彼女を必要としている『依存関係』。
俺達はもう、離れられない関係になっていた。
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