05_リハビリとハンバーグ

カトレアちゃんが目を覚ました。

精密検査の結果、問題はないとの事でリハビリが始まった。


リハビリって何だろうと思ったが、これまで半年眠り続けていたので、筋肉の減少が著しいらしい。

少なくとも一人では立てない。


移動も車いすを使っている。

カトレアちゃんのリハビリとは、一人で立って、歩く練習。


漠然と『大変だなぁ』と思っていたが、今日意識が完全に変わる出来事があった。






この日はタイミングが悪く、病室に行ったらリハビリ中との事だった。

俺は病室で待たせてもらうことにした。



「紙山くんだっけ?」



看護師の名島さんだ。

なにかの用事があって部屋に来たみたいだ。



「こんにちは」


「紙山くんはいい子だから、お姉さんがいいところに連れて行ってあげるわ」



少しいやらしい想像はしたけれど、病院でそんな訳はない。

俺は、名島さんについていくことにした。



「あんたは、ご家族の許可が出てるからだからね。あと、私から案内されたって言わないでよ?」



なんだか注意事項が多い。

大人とは、色々めんどくさいみたいだ。


案内された場所は『リハビリテーション室』と書かれていた。

名島さんが、ドアを少しだけ開けて中を見せてくれた。


そこには、カトレアちゃんが2本のバーにつかまって、必死に歩く練習をしている光景があった。

脚に力が入らないのか、プルプル震えながら立っている。

1歩がすごく大変なのか、すごく力が入っているのが遠くからでもよくわかる。


自分の身体が思ったように動かない。

一度失ったコントロールを、再び取り戻そうというのはこんなにも大変なものなのか。



「んんんーーーっっ!!」


「加藤さん!頑張って!」



介護の人が応援している。



「あと一歩ぉ!がんばってぇ!」


「はいっっ!!



汗をかいてもカトレアちゃんは、前に進むことをやめない。

どんなに身体が動かなくても、あきらめない。


俺がデートの待ち合わせの時にあった、ただただかわいい印象のカトレアちゃんではなかった。

芯が強くて、諦めない、強い意志の女の子の姿がそこにあった。



今すぐ手伝いに行きたい。

ぐっと力が入ったところを、名島さんに止められた。


彼女は無言で首を横に振った。

ここは黙って見守れ、ということだろう。





しばらくカトレアちゃんを見守った後、俺は待合室で紙パックのジュースを飲んでいた。

見ていただけなのに、ぐったり疲れていた。



「お、いいもん飲んでるね!どれどれ、お姉さんに一口!」



俺から紙パックを奪うと、ストローで一口飲んですぐに返してくれた。

……年頃だから、こういうのすごく気にするんだけど。



「玲愛ちゃん、かわいいし、頑張り屋だから私すごく応援してるの」


「痛いほどわかりましたよ」


「間接キスはお姉さんからのプレゼント」



わかっててやってるんかい!

何故か憎めない感じの名島さん。


でも、彼女のお陰でカトレアちゃんの本質に少し触れることができた気がした。






□□□□□

一足先に病室に行って、何食わぬ顔でカトレアちゃんを待つ俺。



「あ、智成くん!来てくれてたんだ!」


「ああ」


「ごめんね。ちょっとリハビリに行ってたよぉ」



何でもないことのように言っているが、みっちりリハビリしてきたのを知っている。

彼女は強い。


彼女の魅力だ。

こんな彼女と一緒に未来を歩いていけたら……


そんな俺が考えてはいけない未来を想像してしまった。



「聞いてよ!今日は学校でさぁ……」



俺は、なにも知らないふりをして、今日学校であったことをカトレアちゃんに聞かせるのだった。






◆◆◆◆◆

家に帰るとユリは俺の家にもユリの家にもいなかった。

急に心配になって、外を見て回った。


ユリがいくところなんてすぐに分かると思った。

昔遊んだ近所の公園、ぼんやりしたいときの河川敷、サボりたいときのファストフード店。


全部見たけど、見つからなかった。




もう一個あった。

まだ見ていないところ。


いま、もっともユリが『行かなそうな』場所。




気付けは、俺は走っていた。

走って走って、着いた先は、学校。


陸上部が使うトラックを一人走っているユリを見つけた。

遠くからでもユリと分かるので、安心してほっと胸をなでおろした。



ユリがトラックを走っている。

陸上のウェアじゃなくて普通の服で。

陸上用の靴じゃなくて、普通のスニーカーで。


俺がここに着くまでどれだけは知ったのだろうか。

汗びっしょりだった。


そのうち、ふらふらしたかと思ったら、トラックに倒れ込んだ。

俺は駆け寄りユリに話しかけた。



「なんだよ、ひとりで青春してるじゃないか」


「智成!見てたの!?」


「汗びっしょりでふらふらになるところもバッチリ」


「うわ~、カッコ悪い~」



ユリは顔の部分に腕をクロスさせ顔を隠した。



「どうしたんだよ、久々に走って」


「うーーー、もう、昔みたいには走れなかったーーー!」


「そりゃあ、そうだろう。変わらずに走れたら、ずっと練習している他のやつらに失礼だ」


「でも……」


「どうした?」


「私、何もない……」


「?」


「玲愛ちゃんは強敵だよ。私が対抗できるものって何もなかった……ずっと走ってきたから、それしか思いつかなかったけど、もう、走れないや」


「バカ、お前は走るだけじゃないだろ」


「お料理もできないし、お淑やかでもないし、かわいくもできない……」


「髪伸ばしてるだろ?俺の好みに合わせようとしてくれてるんだろ?」


「ううー、こんなの私じゃない。全然似合ってないもん」


「そんなことないよ。ロングもかわいいよ」


「玲愛ちゃんに負けてる。智成に置いて行かれる……」



変なことを言い始めた。

そう思った時、急に気になった。



「ユリ泣いてるのか!?」



クロスした手をほどいてみる。



「見るな!」



ちょうど、馬乗りなって、両腕を掴んでいるようになったので、ユリは顔を隠せず、泣き顔が露わになった。



「なに泣いてんだよ」


「ううー、いじめっ子……」



顔をできるだけ背けて、泣き顔を見られないようにするユリ。

そのまま抱きしめた。



「ほら、これで見えない」


「やめてよぉ!汗まみれなんだよぉ!」


「俺とお前の仲だろ?」


「くそー!美味しいハンバーグ作って吠えずらかかせてやる!」



ハンバーグは俺の好物だ。

当然ユリはそのことを知っている。



「帰ろうぜ。風邪ひくぞ?」


「智成が風邪ひけ!そしたら、ユリちゃんの女子力で治してやるから!」


「女子力にそんな効果はない!」


「おかゆ的なものをつくって、喰らわせる」


「おかゆそのものを作ってくれ」



今日は、手をつなぐのではなく、男友達みたいに肩を組んで帰った。

こんなことが成立する女子は、ユリ以外俺は知らない。



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