余話 希望の結晶

人類の歴史は興亡の繰り返しであり、神々やそれらをはるかに上回る存在がいかに持続的な文明の発展を願おうとも叶わないものであるのかもしれない。


かつてルオ・ノタルと呼ばれていた世界もまた同様だった。


高度に発達した科学文明を持ち、千兆の民を抱く統一された超巨大国家が出現しようとも、モレク神族による滅亡の危機を乗り越えた後、その体制の維持することはできなかった。

分裂と内乱、そして相次ぐ戦争が文明を荒廃させ、全てを原始に回帰させてしまった。


いかなる文明も荒廃の運命から逃れられないのは、人類が自我を持つゆえのこと。


ホウライ神族たちが信仰により生じる思念エネルギーをかてにしている以上、人類から自我を奪うことはできない。


信仰や神々に対して祈り敬う心は、自我ある人間からしか得られないからだ。



我が最愛の友、クロードが金剛界と呼ばれる世界と一つになり、万物の隅々にまで宿る大いなる存在になってからさらに二十五億年ほど経ったルオ・ノタルの大地には新たなる文明が生まれつつあった。


そして、今から二十年ほど前、気が付くと僕はルオ・ノタルの世界にポツンと置かれていた。


クロード君の異次元収納のスキルにより、時の停止した異空間内に放り込まれていたはずが、鬱蒼とした黒い夜の森に突如放り出されてしまったのだ。


地殻変動によりかなり様変わりしていたが辛うじて地形から、ここがかつてブロフォストと呼ばれた国の東に位置する場所であったことに気が付いたが、その時は今がいつで、どういった状況かなどはまるで分らなかった。


何せ肉体を失い、ヒルコ状態なのである。


手足はなく、移動もできないので、飢えた灰色狼が近づいてきて、僕を捕食してくれるまでの半年近くをひたすらに待つことになった。


その後、久しぶりに人間の身体を得て、様々な肉体に移り変わりながら、久々の自由を謳歌していたわけだが、その僕の前にアレが姿を現したのだ。


かつて魔道の頂にあり、黒魔道と白魔道の極致として、僕と殺し合ったあの爺が!


≪白魔道を極めし者≫バル・タザル。


その後は≪入寂≫し、更なる力を得て、何度も僕の邪魔をした爺である。


爺は、最後に見た時には魔力でできた幽霊のような状態であったが、今はさらに超然としており、しかも僕のことをもう覚えてはいなかった。


バル・タザルと名乗ってはいたが、自らを大いなる意志からの伝言を伝える寸陰の影に過ぎないと言っていた。

大いなる意志の一部であり、ただの従者に過ぎないと相変わらず回りくどい言い回しで自己紹介すると、こともあろうことかこの僕に頼みごとがあるとふざけたことを言い出した。


そして、僕が異空間に閉じ込められている間に何があったのかのあらましを説明し、その上で頼みごとの中身を打ち明けてきた。


僕はこの頼みごとについて一言たりとも聞くべきではなかった。


頼み事と言ってはいるが、これは命令である。

もし、言う通りにしなければ、再び異空間収納の空間内に閉じ込めると爺が脅迫してきたのだ。



結局、閉じ込められるよりかはマシであるということになり、僕はしぶしぶ依頼を受けることにした。


大いなる存在の正体が、唯一僕が対等と認めた親友のクロード君であることも知り、なおかつ依頼内容にも興味が湧いたので、あの爺の姿で現れたりしなければ、もう少し抵抗なく話を聞けたのにとは思う。


クロード君は、人使いがとても荒かったが、僕を放置しておいていったりすることはなく、用事が済んだ後はきっちり回収に来てくれた。


僕にとってはそれがとても嬉しかったし、僕を産んで捨てたあの女との一件でもとても大きな借りがある。


互いに友達であると確認し合ったことはないが、共に命を懸けて第十一天を目指した仲である。

親友と呼んでも差し支えないのではないか。



「デミューゴス、僕は本当に勝てるだろうか」


滅び去った超古代文明期に魔境域と呼ばれていた地域の朽ちた古城跡で、くちばしの黄色い雛鳥どもの一団と焚き火を囲み、暖を取っていたのだが、その中の一人が不安を口にした。


長めの黒髪に、黒い瞳。

年齢は二十代半ばの若者だった。


名はクロード。

奇しくもその姿は、デミューゴスの記憶の中の親友ととても良く似ていた。


金剛界というらしい、今のこの世界全体を救いたいという大いなる意志が無意識に生み出した希望の結晶ということだが、見たところ、ちょっとばかし異能を持ったただの人族である。


バル・タザルの姿をしたアレに頼まれ、この三年かけてみっちり鍛えてやった。


魔道の術も剣技も授けられるものはすべて、伝授したつもりだ。


「怖気づいたのか。誰がお前を鍛えてやったと思っている」


デミューゴスはつまらなそうに手に持っていた木の枝をへし折り、火の中に放り込んだ。


「でも、いかなる国の軍隊も、並み居る勇者たちも、魔王モレクには叶わなかった。モレクに挑んだ者たちは皆、生きたままその身を喰われたらしい」


こいつは、名前と姿はそっくりだが、クロード君とはまるで似ていない。


戦闘に関する才能は確かに驚くべきものがあるが、なんというか臆病なゆとり野郎だ。


「大丈夫よ、クロード。デミューゴス師もそう言っているし、それにここに至るまでの苦難も力を合わせて乗り越えてきたじゃない」


エルフ型ヒューマノイドがクロードの隣に腰をおろし、肩に手を添える。

フィリアという名らしいが、こいつはこのクロードよりは幾分しっかりしている。


冷静だし、度胸もある。


今時、何の役にも立たない精霊なんぞを使役できるが、まあいないよりはいいぐらいの女だ。


その二人のやり取りをじっと見つめている陰気な女魔道士はシルフィーネだ。

まったく才能がなかったが、僕のおかげでちょっとは見られるようになってきた。


「そうだぞ、クロード。オルタ神も、ヴェーレス神もその他の神々もきっと俺たちを見守ってくださっている。不安に思うことはないさ。さあ、明日はモレクの城に着く。しっかり休んで英気を養おう。最初の見張りは俺がするし、後はフィリアとシルフィーネの順でいいな。切り札のクロードは、一晩ぐっすり睡眠をとってくれ。明日は頼むぞ」


声がでかく、怪力だけが自慢のこの大男はザンダーラ。

鬼人族やいくつかの亜人種の血を遠く引いているらしい。

≪異界渡り≫なる、今となっては伝説上のその存在の血も引いているとかで背中には蛇のような鱗が一部生えている。

肌は褐色で、大食漢。

まあ、こいつもクロードの盾代わりくらいにはなりそうだ。


「その筋肉馬鹿の言う通りだ。早く寝ろ。結界は僕が張ってやるし、見張りも僕一人で十分だ。未熟なお前らのことだ。睡眠不足を言い訳に実力が出せなかったなんて言いかねないからな」



バル・タザルの姿をした使者の話では、広大な銀河世界群による金剛界の、よりにもよって、このルオ・ノタルの世界に災いの種ともいうべき存在が出現したという話だった。


その災いの種は、やがて金剛界全体を揺るがしかねない災厄になる可能性があるとかで、そうなる前に対処したいらしい。


それはかつて、クロードによって消滅させられたというモレク神と関りがあるかはわからないが、微小ながら≪神力≫を持ち、地上の国家を滅ぼしながら徐々に版図を広げ、その力と配下の数を増しているのだという。


このルオ・ノタルを見守り続けてきたオルタ神などのホウライ神族たちは金剛界の法則により、かつての≪大神界≫にあった時のような永遠性を保持しえず、徐々に魂魄の老化に抗えなくなってきているらしい。


傑作だ。神が老いる?


この僕はどうなのだろう。

僕は、神のなりそこないで、物質でも非物質でも無いそうだが、老いて死ぬことができるのかな?



そうした役立たずになりつつある神々の代理として、大いなる意志が立てたのが、この紛い物のクロードだ。


初めこの話を聞かされた時は、何かの悪い冗談かと思った。


あのバル・タザルの姿をしたアレが出てきていること自体、本体であるクロード君の本来の意思が希薄になり、制御できていないことの証左とは思ったのだが、事態を完全に把握できている者が誰もいない。


そればかりか、どこかでふんぞり返っている神々の誰も、金剛界の片隅にあるルオ・ノタルの世界で生じた異変の兆しに気が付いてさえいないのだ。


魔王モレクを名乗る謎の存在に敗れ、従う国々も出始めた今、この一団を勇者パーティと呼び、紛い物のクロードを英雄視する人々の声は大きくなりつつある。



クロードたちの寝息が聞こえ始めた。


僕の本性も知らず、能天気に無防備な寝顔を晒す一団を呆れた様子で眺めながら、自分が羽織っていた外套を脱ぎ、クロードにかけてやる。



そうやって呑気にしていられるのも夜明けまでだ。


おそらくこの一団は魔王モレクとやらに敗れる。


こいつらは所詮、魔王モレクの実体を把握するための斥候に過ぎない。


あの忌々しい幽霊爺は、とりあえず一戦交えさせてみて、魔王モレクの実際の強さを把握する目的なのだろう。


そうでなければ、不死不滅たるこの哀れな僕に白羽の矢など立たなかったであろうし、こんな未熟なクロードを差し向けようなどとはしないであろう。


この紛い物のクロードは僕が見たところ、≪異界渡り≫に過ぎなかったころのクロード君にすら劣る。


相手がわずかなりとも≪神力≫を使うのであれば勝負になどならない。


本物のクロード君同様に、秘められた力か何かあれば別なのだろうが、かわいそうに、きっと使い捨てだ。


僕と同様に、運命に踊らされる操り人形にすぎないのだろう。



ただひとつ、希望があるとすれば、それはこの金剛界全体と一体化したという我が友の存在だ。


あの幽霊爺が、バル・タザル本人ではなく、クロード君の意志をきっちり反映した使者であったのなら、望みはある。


ああ見えて、彼は自分に関りのある人間を見捨てれない性格をしていたし、無計画に見えて、最終的には何とかしてくれる存在であった。


今回も、なにか、この未熟な若者たちを生き残らせる仕掛けを用意してくれているかもしれない。


それに賭けよう。


デミューゴスはため息を一つ吐き、焚き火の灯りを絶やさぬよう、新たな枯れ枝を炎にべた。









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異世界漂流備忘録 かつての全てを忘れる前に 高村 樹 @lynx3novel

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