最終話 記憶の幽霊

果てしなく広がる広大な宇宙と化した金剛界の隅々にまで散って行ったそれぞれの銀河世界を追う様にして、ホウライ神族たちもまた去っていった。


ホウライ神族とは、つまるところ、自らが創った≪世界≫に住む信者からの信仰によって集められる思念エネルギーを糧とする精神生命体のようなものであり、彼らもまた自らの創造物との共生無くしては生きられないのだ。


オルタたちもまた、≪大神界≫をもとに構築した銀河に戻っていった。


しばらく、俺を探して方々を彷徨っていたが、エナ・キドゥが説得し、自分たちの銀河で帰還を待つことに決めたようだ。



自分の帰還を待ってくれる人々が存在することに喜びを感じる一方で、俺はあえてそれをしないことに決めた。


オルタたち家族のもとには帰らない。


俺がかつてクロードという人間であったことは紛れもない事実であり、その確信はある。


だが、それと同時に、俺はもはや純然たる意味でのクロードとは言い切れないことも自覚していた。


この金剛界に足を踏み入れた時に、バル・タザルやエルヴィーラの自我無き残留思念と交わり、さらに魔導機械神ディフォンS‐SYSTEMエス・システムなどの非生物との統合を果たした。

その後もホウライズシトキノオオカミやモレク神の分身体など、その他にも多くのホウライ神族たちと混じり合い、あの己を苛む様な分裂と再統合を経てこれまでの自分とは異なる何かになってしまった実感があったのだ。


時の潮流も、次元も、世界線さえも超越したかに思える存在。


ホウライ神族たちと比べても明らかに次元をことにする極大の存在になってしまったため、彼らの狭く小さい認識の枠外に置かれてしまっているのだ。



そして何より、今の俺は、クロードとしての暮らしを望んではいない。


人の一生を百年とした場合、その千万倍以上の時をもうすでに生きた。


もう十分。


長く生きすぎたくらいだ。


他人がクロードとしての人生を羨ましいと思うかは別として、俺としてはもう十分生きたという満足感があった。


オルタやヴェーレス、その他の子神ししんたちも、もう親離れしてもいいころだ。


エナ・キドゥには、ここまで付き合ってもらった礼をもっとしたかったが、会えばきっと引き留められるであろうから、やめておこう。


ルオ・ノタルに住まう古き友人たちの面影が残る末裔とも少し語り合ってみたかったが、それこそ切りがない。


それと、俺と一体化し、もはや分かつことができない俺の一部となっているホウライズシトキノオオカミの全ての並列世界におけるモレク神の支配を覆すという望みはもうすでにほとんど叶っている。


俺が金剛界と一体化したことで、この後から派生して生まれる並列世界にはモレク神は存在しない。

過去に戻ってすべての並列世界からモレク神を駆逐することは不可能であるし、到達したこの今の並列世界に至る道筋を乱す可能性もあるので、試みない方が正解だろう。


どちらにせよ。

モレク神が支配していた並列世界は、俺の存在を分岐点とし袋小路に入った。



もはや現世において、思い残すこともやり残したことも、何も無いように思われた。


今の俺の望みは、この新たに生まれ変わった金剛界をより良くしていくことであり、この世界に存在する全ての生命に幸福を実現させるための機会を与えることだ。


俺はそれを実現する場所として己を提供し、過度に干渉することなく、全ての生命の営みを見守りたいのだ。



俺は意識を分散させ、金剛界の隅々までに行き渡らせることに決めた。


わずかに残る現世とのしがらみと我執を捨て、この金剛界の適正な運行の維持と生命の繁栄と存続を願って。


散れ、散ってゆけ。


どこまでも、果てしなく遠くへ。



強い自我がほぐれていくその過程で、俺は人間だった頃の夢を見た。


もうとっくに失われた過去の記憶。


いや、記憶の幽霊とでもいうべきものかもしれない。



2021年10月の末のある日。


場所は地球にある東京。


それは妙に落ち着く、なぜか見慣れた雰囲気のある狭い小部屋。


実家で離れて暮らしている両親と妹が代わる代わる電話の先に出ては、とりとめのない近況報告をしあっている。


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