第474話 無数の船出

自らが、金剛界そのものになってしまうということがどういうことであるのか。


その事を考える余裕も時間もなく、世界との一体化はあっという間に済んでしまった。


世界の隅々が自分の一部であり、如何様にもできる実感がある一方で、その力の及ぼす影響が取り返しのつかない事態を引き起こしてしまうことに俺は気が付いていた。


モレク神及びその分身体たちに、「消えろ」と強く念じただけでその存在を消去できる状態である。

自分の強い意向が世界にダイレクトに伝わってしまうと、どのような変化が起こるか予測不能だし、オルタたちや生き残ったホウライ神族たちにも被害を与えかねない。


完全に制御できる状態になるまでは慎重に行動すべきだとクロードは自分に言い聞かせた。


ひとまずモレク神たちの脅威がなくなったことをオルタたちに伝えようと意識を、彼らの待つ地上に移動させた。


オルタたちは、俺の指示通り、警戒を緩めることなく臨戦態勢を取っており、それと同時に≪ウォルトゥムヌスの果実≫からのホウライ神族の解放を進めていた。



すぐ傍にいるのに、オルタたちはこちらを見ようとはしなかった。


『オルタ、……ヴェーレス、……エナ・キドゥ。……待たせたな。モレク神族はもうこの世界にはいなくなった。もう俺たちを脅かすものは存在しない』


そして、駄目もとで発してみた声もどうやら届いてはいないようであった。


モレク神やその分裂体たちがそうであったように、やはりこの金剛界に存在する全ての者たちは俺の存在自体を認知することができないようであった。


死を覚悟し、こうして共に外世界に出てきてくれた仲間たち全員に、危機が去ったことを伝え喜び合いたかったのだが、それができない。


モレク神たちを消滅させた時と同じように、強く念じ、願ったならこの声を伝えることも可能かもしれないが、それは思いとどまった。


心のどこかに制御がかかっているような感覚があって、それがよくない結果をもたらすであろうことを伝えてきたからだ。


それは金剛界にやって来た瞬間に統合させられることになったS‐SYSTEMエス・システムによる自我の外からのサポートにも似ていたが、本当にそうであるかは、今となってはわからない。


予感よりも確度は高い。

予知やそういったものによほど近いと思われた。


世界の声。

俺と一体化する前の金剛界の自我のようなものがまだ残っていて、それが語りかけてきている可能性もある。


今や、俺の存在はあまりにも大きくなりすぎていて、その自分から直接発せられた何かを受け取ることは、この金剛界の住人にとって多大な負担となるのだといった理屈付けや助言が、自分の意識の外から自然な形でもたらされてくる。



オルタたちに直接伝えることを断念した俺は、ひとまずこの金剛界をオルタたちにとって存在しやすい状態に改変させることにした。


モレク神にとって、その支配に有利だったとみられる、この物質優位ともいうべき世界の性質においては普通のホウライ神族はその≪神力≫による万能性を発揮できないばかりか、何らかの物質の肉体を持たなければ、この金剛界にほとんど干渉しえない無力な存在になり果ててしまっている。


神の、神たる力を行使できるようにさせ、≪ウォルトゥムヌスの果実≫の中の空間にある≪世界≫の人々が金剛界においても生存可能な状態を保てるようにさせなければ、≪大神界≫もその中に属する≪ルオ・ノタル≫の世界もいずれ滅びてしまう。



金剛界の隅々にまで意識を張り巡らせ、自分が思う理想の世界の姿を思い浮かべる。


まずは現在の金剛界の物質依存ともいうべき性質を弱め、その属性を≪大神界≫内の環境に近づけ、≪ウォルトゥムヌスの果実≫内の空間と金剛界の性質的境界を取り去る。


そして、≪ウォルトゥムヌスの果実≫の果皮たる金属質の外殻を取り去ると、それらひとつひとつを小さな銀河とし、それらが互いに干渉しあわぬように、結界を張って隔離した。


俺は自らが存在していた≪大神界≫を手本にするつもりでいた。


モレク神の支配から脱する切り札となった≪神喰≫の力を考案し、そして切り札となった≪魔力≫に関する諸々を生み出したルオ・ノタルの世界が誕生するきっかけを作ることになった≪唯一無二の主≫は、紛れもなくホウライ神族たちの中の異端にして、天才であったのではないかと今は考えている。


その彼が生み出した≪大神界≫は、そこを故郷としたエナ・キドゥやその他の眷属神たちにとっては適した環境であったであろうし、他の≪ウォルトゥムヌスの果実≫から解放されたホウライ神族たちにとっても好ましい環境になるのではないかと思ったのだ。



今、金剛界に生存している者たちを壊さぬように優しく結界で保護しながら、金剛界をダイナミックに変化させる。


地表の下にあった白い宇宙のような無重力空間を地上に開放し、その殻のようになって覆っていた大地を丸く押し固め、それを金剛界の中心に据える。


白い宇宙のような空間の正体は、俺が知る宇宙空間とほぼ同じものだった。


本来、 宇宙空間はほとんど何もない真空なので反射する物がなく、光はまっすぐ通過して行ってしまうため、黒く見えるものなのだが、モレク神が一体化していたあの黒い太陽のようなものが発していた光が閉鎖空間の天井に遮られて、外に出ることが叶わず反射し続けた結果、白い宇宙に見えただけのことである。


だが、やはり白い宇宙と黒い太陽は気持ちが落ち着かない。


モレク神が宇宙を閉じ込めたのとは真逆に、黒い広大な宇宙空間をさらにどこまでも拡張させていき、その虚無の海にホウライ神族それぞれに由来する銀河を浮かべていく。


銀河の群れは輝き、漆黒の宇宙で、とても神秘的な光を放ち、方々へ散っていった。


それはまるで、未知の大海へ漕ぎ出す無数の船出にも見えた。


その中の一つに≪大神界≫もある。









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