第473話 金剛界の新生
モレク神は茫然と俺を見ていたわけではなかった。
俺が存在していたはずの空間を凝視していただけであった。
モレク神と分裂体は完全に俺の姿を見失っていて、動揺し、慌てふためいていた。
やがて、俺がこの金剛界の地下中心にある白い無重力空間から逃げ去ったのだろうと考えたのか、モレク神たちは地上に通じる大穴目指して移動を始めた。
地上にはオルタたちや≪ウォルトゥムヌスの果実≫から解放したホウライ神族たちがいる。
行かせるわけにはいかない。
追わなければ。
そう思った瞬間、もうすでにモレク神たちの前に俺はいた。
だが、どの個体もまるで俺がそこにいないかのように振る舞い、通り過ぎていく。
行くな、止まれ!
そう念じるとモレク神の分裂体たちはその場で身動きを止めた。
これはどうしたことであろうか。
俺がモレク神の分裂体たちを止めたのか?
俺の思い通りになるとすれば、例えば……消えてしまえと強く考えたら……。
……消えてしまった。
音もなく突然に。
『何が起こっている? 何者の仕業だ! 我が分け身たちをどこへやった?』
モレク神の動揺が著しい。
『クロードとか言ったか、あいつの仕業か。突如消えて逃げ去ったかに思われたが、どこかに隠れておるのか。だが、≪神力≫はおろか気配すら感じられない……』
やはり、モレク神には俺の所在が分からないようであった。
まるで幽霊にでもなってしまったかのように姿は相手に認識されず、その一方で思ったことが現実になる。
俺は一体どうなってしまったのか。
自分がどうなったか確認しようにも身体が視認できない。
いや、そもそもこの周囲の光景すら、目という器官を通して見ていない。
モレク神が自らの体内から透き通った二十面あるプラトン立体を取り出した。
『金剛界よ、所有者たる我に答えよ。わが分身どもはどこに消えた』
モレクの問いかけに正二十面体は蠢き、ポリゴンでできた人の頭部のようなものに変形すると次のように答えた。
『私ノ認識カラ消失シタ。ソレラハ存在シナイ』
『存在しないとはどういうことだ!現に起きているこの現象をどう説明する』
『コノ金剛界ニ在ル万物ハ、全テ、私ノ一部。ソレラハ私デハナクナッタ』
『わかるように言え!では、クロードとかいうあの神族もどきはどこへ行った?』
『≪クロード≫トシテ認識サレテイタ個体ハ認識デキテイル。ダガ、ソノ個体ハ、私ノ支配ノ外ニアル。私ヨリ出デテ、私ヲ超越シ、私ノ領分ト存在ヲ侵シ始メタ』
どうやら、あの正二十面体の結晶体のようなものはこの金剛界自体の意志と疎通するための端末的なものであるらしい。
あれを介してモレク神は、この金剛界に影響を及ぼしており、この物質優位ともいえる偏った法則性を持つこの世界を形成させたのだということが何故かわかってしまった。
少しずつ、少しずつだが俺の認識の範囲が広がり、この金剛界と繋がっていくのが感じられた。
自分の身体が自分で認識できないと思っていたのだが、そうではないことを悟った。
身体などもはや必要ではないのだ。
この金剛界自体が、俺になりつつあり、現時点でもある程度なら思うがままになる。
例えば、モレク神を消し去り、正二十面体を奪う、とか。
そう思った時には実現している。
モレク神は消え、金剛界の意思とを繋ぐ正二十面体が目の前に現れた。
モレク神は恐らく何が己が身に起きたのか気が付かなかったであろう。
苦痛も恐怖も無く、ただ存在しないことになった。
『俺が認識できているといったな』
俺は呼び寄せた正二十面体に問いかけた。
『ハイ、認識シテイマス』
『お前が、この金剛界の意思、いや、そのものであることは俺も理解しつつある。金剛界の今の姿はモレク神が望んだものだな?』
『ソノ通リデス。私ハ何モ望ミマセン。私カラ自然発生シタ全テノ中カラ、最モ強ク、優レタル者ノ理想トスル姿ニナルノデス。カツテハ、ホウライ神族ト呼バレシモノタチノ始祖トソレニツラナル者タチガ、ソシテソノ後ハ、アナタガ消去したモレクガ……』
『俺の身に起きたことがわかるか? なぜ俺は金剛界を自由にできるようになったのだ』
『ワカリマセン。シカシ、答エガ必要デショウカ。モトモトハ、貴方モ私ノ一部デアッタノデス。私ノ中ノ最モ優レタ別ノ私ガ、金剛界ノ新タナル意志ト核ニナッタダケノコトデハアリマセンカ? ソウシテ全テノモノハ改メラレテイクノデハナイデショウカ。コノ私ガ、ヨリ素晴ラシイ私ニ生マレ変ワル。タダ、ソレダケノコト』
「そうか。そうかもしれないな」
『私ニハ、多クノ欠落ガアッタ。何ヲ理想トスベキカ、ドウ在ルベキカノ展望ガナカッタ。ソレユエニ、自ラノ外ニ、ソノ、ヴィジョンヲ求メタ。貴方ニハ、ソレガアル。貴方が望ム世界ノ姿ヲ、望ムガママニ……』
金剛界が俺になってゆく。
これまで金剛界であった何かは、完全に俺に置き換わり、正二十面体は沈黙した。
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