愛らしい姫の武器は拳。しかもナイーブときたもんだ……

試合中に一撃を食らい、異世界に転生することになった格闘家の男性、輝(あきら)。
転生先の世界は超自然的力が存在し、権力を握っているのは宗教家。また、人を食らう恐ろしい獣、「害獣」が人びとを脅かしている。

同じくこの世界に転生した乳兄弟のようなリュドミラとともに、ふたりは、善良な育ての親や信頼できる先駆者に温かく見守られながら、手紙も検閲を受けるような環境で来るべき日に備えて修練を積む。

もともと異世界から転生した者は特殊で優れた能力を持つが、その実力を対外的に認められたアキラとリュドミラは、まずは討伐隊の後方支援という形で、城塞内の籠の鳥状態から一歩を踏み出す。そして、さまざまな人と出会い関わり、経験し、そして世界を知っていく──そんなストーリーが、ややシニカルでペダンチックな文調で進んでいきます。そういう雰囲気が好きな方にはたまらないでしょう。

魅力的なのは、何と言っても主人公のアキラ。
彼女はもとは成人男性だったのに、転生後は大きな瞳と栗毛色のくせっ毛の麗しい美少女。しかしその武器はやはり己が拳。つよい(確信)。

一方その内面は真面目で思慮深く、格闘家であったのが信じられないほどセンシティブ。そのせいか、元もとの性と現在の性が違うことによる戸惑いは大きいよう。強さと繊細さのギャップに心ゆくまで悶えましょう。アキラのことを親愛を込めて「アケイラ」と愛称で呼ぶ、リュドミラとのやり取りは必見。

ファンタジー界隈はすでに設定というようなものは出尽くしていますが、こちらの作品はそのさまざまな要素を詰め込んだ、欲張りな設定です。欲張りな分、特殊な用語も多いので読者がそれを把握するのはすこし大変かもしれません。

異世界ファンタジーは現代ジャンルと違い、世界の前提や枠組を読者と共有しなければならないという命題がありますが、一人称で進めると読者が全体像をつかみにくくなり、難しい面があります。ましてや政治機構のようなものに触れると、字数がかさむうえに読者が余計おいてけぼりになりやすい。このような難題に果敢に挑まれている作者さんに敬意を表します。

どうか、作りこんだ魅力的なキャラを全面に押し出してぐっと読者を引き込み、「世界のことはよく分かんないけど、とにかくアキラを見たい」状態を作りだし、完結まで突っ走ってもらいたいと思います。(5.8 Déjà vuまで読了)

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