あとがき

 『荒磯の姫君』の連載にここまでおつきあいくださいましてありがとうございます。


 この物語は、2011年の6月、福島県郡山で開催される創作同人誌即売会「創作旅行13」の新刊として書き始めたものです(「創作旅行」は現在は「みちのくCOMITIA~創作旅行~」となっています)。東日本大震災の3か月後のことで、「創作旅行」の予定会場だったビッグパレットふくしまは避難所になり、会場を変更しての開催となりました。

 そのころにはこれほど長い物語になるとは思っていませんでした。

 書いているうちに終わらなくなって、2011年10月、「(中)」の冒頭まで書いたところで書くのを中断、再開したのは2012年の8月です。「(中)」の大部分と「(下)」が再開後に書いた部分です。


 2012年の夏は暑い夏でした。ろくに空調の効かない部屋で、暑さと闘いながらPCに向かっていました。

 夏の朝、目が覚めて寝転んだまま見上げると外からの明かりで天井が明るくなっているとか、外に出てみると朝というのに日が昼のようにもう高く昇っているとかいうのは、これを書いていたときに実際に感じていたことです。

 それから「いつまでも暑い」とぼやいていたら、突然寒い冬が来て、その寒さのなか、やっぱりろくに空調が効かない部屋でこの物語を本にする作業を進めました。

 2013年、春になって夜明けが早くなり、日射しも強くなってきています。季節がこの物語が生まれた季節に戻ろうと動き始めたころ、ようやく本(同人誌)にまとめることができました。


 お恥ずかしい話ながら、2012年夏、この物語を書き終わったときには何ともいえない寂しさに捉われました。

 登場人物たちは、それぞれ自分の生きかたを決めて、その生きかたに向けて出発していくのに、私だけはこの先もここでこうやって同じように同人誌の原稿を書き続けるのだろうな、などと、自分だけが取り残されたように感じたのです。

 版組みを最後まで仕上げて、そのときの感覚がよみがえりました。

 進歩してないな。


 この物語は基本的に考証をしていません。また、事実に反しているとわかって書いていることもあります。

 たとえば、この物語では海女は「磯着いそぎ」という白い服を着ていることになっています。現在でも海女さんの衣裳としてまず思い浮かべる服装がこれではないかと思いますが、じつは江戸時代の海女は磯着は着ていませんでした。頭にかぶるものは別として、少なくとも上半身は裸身らしんで漁をしていたようです(この物語の海女は逆にかぶりものをしていません)。

 女の人の裸の画像が厳しく取り締まられていた江戸時代には、絵師さんは、海女を描いて、「法令違反じゃないか」と指摘されると、「いや、これは漁村の風景を描いただけだ」と言い返していたとか。

 明治になって、裸身で仕事をするような「野蛮」な風習は廃止すべし、ということで、政府が指導して海女は磯着を着るようになったということです。

 なお、現在では、潜水漁では主としてウェットスーツが使われていますが、乱獲につながるということで禁止している地域もあるそうです。

 また、この物語では相瀬あいせが「もり」を振り回していますが、この槍のようなタイプの漁具は実際には「やす」と呼ばれ、しかも、女性の潜水漁では使わなかったようです。

 ほかにもいろいろと現実と違うところがあると思います。あまりよろしくないことかも知れませんが、作者としては「これはこういう物語なんだ」とご納得をお願いするしかありません。


 そんな状況で、考証はしていないのですが、漁村や漁業や海の生物については、この物語を書く途上でいろいろと調べました。

 海鼠なまこはあいかわらず苦手ですが、海鼠についての知識もそれなりに……。

 そういえば、第11話「鬼のすえ(11)」で、お姫様が、海鼠は「あんな姿で泳いでいるものなのですか?」と質問しています。

 その疑問に答えますと――。

 泳ぐ(深海を浮遊する)海鼠も存在はします。ユメナマコとか。

 でも、ここで話しているのは赤海鼠または真海鼠まなまこのことなので、相瀬の答えのとおりです。

 それにしても、「怖いもの書きたさ」のせいか、「海鼠」って単語、ほとんどの章に出てきますね。

 海鼠はウニ(海胆うに)とかと同じ棘皮きょくひ動物で、ホヤ(海鞘ほや)と同じような生き物なのかと思ったらホヤは脊索せきさく動物でぜんぜん違う。でも棘皮動物は私たちのような脊椎動物を含む脊索動物に近い種類だとか……。

 貝、イカ(烏賊いか)、タコ(たこ)より海鼠が私たちに近く、海鼠よりホヤが私たちに近く、そして魚(硬骨魚類)はそれより私たちに近いらしい。

 それが「旨いかどうか」という分類(私は『海底二万里』の登場人物にちなんで「ネッド・ランド式分類法」と言っています)と重なるかどうかわかりませんが。

 海産物は好きなのですが、漁業のこともその産物についてもほとんど知らなかったんだな、ということを実感しています。


 知らなかったのは江戸時代についても同じで、江戸時代を描いた時代小説は少しは読むのですが、ぜんぜん時代に「土地勘」が働きませんでした。

 江戸時代なんて、関ヶ原の戦いから「鎖国」完成までぐらいとペリー来航以後の幕末とを除けば同じような時代だと思っていたものです。

 この物語の年代は宝暦ほうれき年間(1751~1764年)ということになります(「月が昇るまでに(19)」に出て来る歴史的事件でだいたいの年代が特定できます)。桃園ももぞの天皇の時代、吉宗の子の家重いえしげが将軍だった時期の後半です。

 次の家治いえはるの時代が田沼時代なので、「封建経済が市場経済に向かって行く時代」という時代像はそんなにまちがってなかったかな、と思っています。

 でも、やっぱり事実と合わないところはいろいろあるんだろうな。


 なお、同人誌として刊行していたときには、途中で登場人物の設定を変えたため、登場人物の年齢について矛盾する記述がありました。今回の連載で、気づいたところは修正しています。


 『荒磯の姫君(上)』・『荒磯の姫君(中)』・『荒磯の姫君(下)』と続けてきた「カクヨム」での連載もこれで終わりです。

 最初の執筆からほぼ10年めの連載でした。

 「カクヨム」での連載は、もう何波めか思い出して勘定する気にもなれない新型コロナウイルス感染症の「流行の波」のなかで始めました。

 ハートや☆やご感想をいただき、ありがとうございました。


 ところで、ですね……。

 『荒磯の姫君』には「関連作」というのがありまして。

 この物語はここで「完結済み」としますが、今後は、しばらくお休みしたあと、その「関連作」を連載していくことにしています。


 というわけで。

 今後ともよろしくお願いします!

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荒磯の姫君(下) 清瀬 六朗 @r_kiyose

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