全ての死者に花束を、

@mikami_h

少女の絆

「何か用か?」


急に背後から声がかかり焦って振り向く。

他に誰もいないので、どうやらこの男性が声をかけたらしい。


「鴉城 四郎あじろ しろうだ、あんた誰?」

「は、初めまして!私、今日から配属されました雛庭ひなにわ つぐみと申します。本日配属されました、宜しくお願い致します」

「そう、宜しく」


四郎は短く答えると自分の席に腰掛けパソコンを開いた。

つぐみは手持ち無沙汰に扉の前に立っている。


「君が新しく配属されてきた雛庭さんかな? 」


背後からまたも彼女に声がかかる。


「はい、雛庭つぐみです。本日よりお世話になります」

「警視庁捜査四課の課長しています鴨居松雲かもい しょううんです。最初は大変だと思うけど頑張って」


つぐみは男性に敬礼して答える。松雲も軽く敬礼を返した。


「とりあえず、鴉城くんと組んで分からないことは彼から聞いて」

「わかりました」


つぐみは改めて四郎の元へ行く。


「改めて宜しくお願いします」

「鴉城くん、くれぐれも優しくね」


何も答えない四郎に代わり松雲が間を取り持つ。


「鴨居さん、今回の仕事は何ですか?」

「あぁ、この前ニュースにもなった女児殺害事件あっただろ?あれだよ 」


松雲の言葉につぐみは反応して答える。


「確かあの事件は、被疑者の自殺で解決したはずですよね?」


つぐみの言葉に満足そうに松雲が頷く。


「いったいこの課の仕事って?」


つぐみの質問に先ほどまでパソコンを睨んでいた四郎が顔を上げて答える。


「四課は被疑者死亡の事件を取り扱う専門部署だ」

「でも被疑者死亡だと、検察に送っても不起訴ですよね?」

「だからと言って死者の真実を疎かにする事は出来ない、加害者と被疑者のためにもな」

「え? 」


四郎は強い信念を込めてつぐみに伝えた。

その後、松雲は二人に束ねられた資料を手渡す。つぐみは早速資料をめくり中身を確認するが、四郎は資料に目を通す事なく立ち上がった。


「行くぞ、ぐずぐずするな」

「いや、まだ資料にも目を通してませんけど? 」


つぐみの意見にも耳を貸さず四郎は部屋を出て行く。


「ごめんね、変わったやつだけど悪いやつじゃないから」

「でも資料も見ないで動き出すなんて」

「すでに事件の詳細は頭に入ってるんだよ、ほら」


松雲に示された四郎のパソコンには、先ほど話していた事件の記録が映し出されていた。


「彼、被疑者死亡のニュースがあると、いつでも動けるようにね下調べしているんだ」


松雲の言ったことに納得しながら、四郎の事件に対する姿勢に感銘を受けた。つぐみは急ぎ上着を羽織ると足速に四郎を追いかける。


◆◆◆


事件の発端は女児の行方不明からであった。

1/17(土)22時に母親から警察に捜索願いが出された。この時間になっても子供が帰ってこないというのである。

警察が周囲の防犯カメラを探ったところ、不審な男性が女児を連れ歩く姿が映っていた。周囲の聞き込みでも嫌がる女児を無理やり連れて行こうとする姿も目撃されている。警察は即座に男の身元を調べ、家宅捜査へと踏み出した。

1/18(日)令状を持って男の自宅に向かうと、室内で死亡する男と女児を発見した。女児には暴行の跡と首を絞められた跡があり、それに寄り添うように死んでいた男性は外傷もなかった。

警察は女児を暴行し殺害した後、男が罪から逃れる為に自殺したと結論付けた。


「被害者の女児は津久井つくいスズメ14歳、被疑者は同アパートに暮らす鷺沼洋一さぎぬま よういち45歳です。死亡推定時刻は17日の20時から23時の間、被疑者の死亡推定時刻も同時間帯のため女児を殺害した後にすぐ自殺したようです」


つぐみは、被害者家族の元へ車で向かっている道中で手渡された資料を確認していた。


「ひ、酷い」


つぐみは殺された女児の写真を見て呟く。そこには全身に生々しい傷を負い、巻かれた包帯からも血を滲ませた少女が映っていた。綺麗に着飾ってはいるが顔や手足は包帯で包まれており、傷の深さを物語っている。

つぐみが資料に目を通し終わる頃、車は被害者宅のアパートに到着した。

入り口のロビーはオートロックとなっており防犯カメラも設置されていた。

つぐみは備え付けのインターホンを押し、被害者の家へと繋いだ。


「私、警視庁より来ました捜査四課の雛庭と申します。少し伺いたいことがありまして、お時間は取らせませんので」


つぐみがインターホン越しに話しかけると、母親らしき女性が応答し、ドアを開けてくれた。

二人はロビーを過ぎ、エレベーターで目的の4階へと向かう。

エレベーターが4階に着くと左手に通路が伸びていた。エレベーターは右側の端に設置されており、逆の左端には階段が設置されていた。

二人は記憶を頼りに左端の401号室へと向かう。表札に津久井の文字を確認し、つぐみはインターホンを押した。


「先ほどご連絡しました警視庁の雛庭です」


つぐみがそれだけ告げると、待ち構えていたのかドアはすんなりと開き、中から疲れた顔をした女性が出てきた。


「いったい何の用でしょうか? もうお話しすることは無いかと思いますが」

「ちょっとした確認事項だけですので、お時間は取らせません」


ここにきて四郎が初めて声を発する、先ほどまでと違いとても穏やかな優しい物言いであった。その効果なのか、母親はすんなりと室内へ招き入れた。娘を失ったからか、室内は寝りかえっており何もない殺風景なリビングが更に寂しさを感じさせていた。


「では、繰り返しになるかとは思いますが、娘さんがいなくなってからの事を伺えますか?」


つぐみがメモを片手に母親に尋ねる。


「1/17の土曜日に私が仕事から帰宅した際、娘のスズメが居ない事に気づきました。その後、連絡もないので警察に捜索願を出しました」

「帰宅された時間は何時になりますか?」

「えっと、18時くらいだったと思います」

「それで通報された時間は?」

「21時回ってからです」


四郎は、母親に質問し答えを聞くと共につぐみの顔を確認する。つぐみは手元の資料と見比べながら供述と差異がない事を確認した。


「最後に娘さんを見たのはいつになりますか?」

「えっと、前日の16日には自分の部屋で寝ていたと思います」

「部屋に入って寝顔を確認しましたか?」

「そこまでは見ていません、仕事で帰りが遅くなって0時近かったですから。スズメを起こすのも悪いかと」

「では、起きてる娘さんと最後に会ったのはいつですか?」

「それは15日の朝になります」


母親は自身なさげに答える。つぐみの持つ資料には娘は17日から行方不明と記載されていた。


「今までもお仕事で帰りが遅くなることがあったんですか?」

「はい、主人は出張で家を空けることが多く、私も仕事が忙しくスズメが起きる前に出かけて帰ってくる頃には娘は寝ている、そんな生活でした」


同アパートにいる被疑者ならば少女が一人で留守番している事を知っていても不思議ではなかった。


「ちょっと娘さんのお部屋を見せて貰ってもいいですか?」

「はい、どうぞ」


四郎はリビングから出で、玄関から向かって右側の部屋へと案内された。

6畳ほどの部屋には綺麗なピンクのベッド、枕元には可愛らしい動物の人形が並べられている。壁にも丁寧に並べられた着せ替え人形があり、女の子らしい幻想的な室内であった。


「可愛らしい部屋ですね」

「えぇ、あの子の好きな物ばかりです。私たちがいつもいてやれないので、せめて好きなものに囲まれていれるようにと」


母親はそこまで言って泣き崩れた。当時のまま残る部屋が彼女に古い記憶を呼び起こさせたのだろう。つぐみは母親の肩を抱きそっとリビングへ戻るように勧め、自分たちも子供部屋を後にした。

すっかり意気消沈の母親を見かね、四郎とつぐみは早々に家を後にすることにした。


「なんだか見ていて辛いですね。最愛の娘さんを失って」


つぐみは前を歩く四郎に話しかけるが、彼は考え事でもしているのか返事はなかった。

二人は被害者宅を後にして、そのまま目の前の階段を下り3階へと降りていた。3階の真ん中にある302号室、そこには禁止の文字が貼られていた。


「あそこが鷺沼の家です」


つぐみはそう告げると扉の前で警備をする警官に身分証を提示した。警察官は敬礼し、二人を中へと通した。

部屋の中は先ほど見てきた被害者の家と同じ間取りで、正面がリビング、左右にそれぞれ部屋が設けてあった。

二人は入って左側の部屋、遺体のあった部屋へと足を踏み入れた。

人のいない部屋で合掌する二人、その後改めて室内を見回した。


「独身男性って聞いていたので、もっと散らかっているかと思ってました」


つぐみは綺麗に整理された室内を見回して声を上げる。簡易的な折り畳みベッド、壁には男性アイドルグループのポスターが張られている。棚に並べられたCDもどうやら彼らの曲ばかりのようだ。


「意外と若者趣味なんですね」

「知っているのか?」

「えぇ、今中高生に人気のアイドルグループですよ。B&Bっていう男性五人グループです」


四郎はマジマジとCDを見つめる。


「このベッドの上で少女が殺されていて、その傍らで覆いかぶさるように鷺沼が死んでいました。少女の死因は絞殺で他にも殴られたような跡が多数あります。一方、被疑者の死因は睡眠薬の過剰摂取とのことです」

「この部屋には争った形跡はないな」


四郎はつぐみの話しを聞いて辺りを入念に調べ始める。壁や床の傷やへこみを目を凝らして見ていた。


「被害者の血だらけの衣服や包帯は見つかっていますが、頭部を殴った凶器は発見されていません」

「どこか違う場所で少女を傷つけてここまで運んだのか?」

「それで、遺体を自宅に隠して発見を遅らせようとしたんですかね?」


四郎は考え込んで返事を返さなかった。それから他の部屋も回る、遺体発見場所とは違って他の部屋は散らかっており、ある意味生活感が感じられた。

現場には新たな発見はなかったので、二人は部屋を後にし、聞き込みに回ることにした。

アパートには5組程の家族が入居していたが、平日だと留守の家庭も多く聞き込みも難航した。


「ほんとに可哀そうよね。朝の登校でもよく父親と一緒に歩いてましたから。仲の良い親子で有名でしたよ」


アパートの1階に暮らす管理人の部屋、そこで四郎たちは普段の少女の様子を伺っていた。


「被疑者の男性については何かご存じですか?」

「あの根暗な男性ですよね。引っ越してきたきり会ってないわね。出入りも駐輪場のある裏口から入ってきてるみたいで顔も合わさないし」


四郎の質問に管理人の女性は怪訝そうな顔で答える。

アパート周辺の聞き込みを終えた二人は、続いて少女の友人を訪ねることにした。


「北条ひよりさんかしら?」


つぐみが下校途中の女子中学生に話しかける。つぐみが声を掛け、四郎は後ろで控えている。


「はい、そうですけど?」

「突然ごめんなさい。私たち警察の者で、スズメちゃんの学校生活について教えて貰いたいの」


警戒心むき出しのひよりに対し、つぐみは努めて優しく声を掛ける。なんとか時間を貰い喫茶店で話を聞くことにした。


「学校でのスズメちゃんってどんな感じだったのかな?」

「スズちゃんは普段大人しくて、教室でもいつも一人だったわ」

「最後にスズメちゃんと会ったのはいつ?」

「16日の金曜日です、いつも帰る時間が合えば途中まで一緒に帰るんです。でも、その日はスズちゃん急いでたみたいで」


ひよりは話しているうちに感情が高ぶり大粒の涙を零す。

つぐみは必死にひよりの気を静めようと語り掛ける。


「辛い事聞いちゃってごめんね」

「いえ、私の方こそなんかごめんなさい。私もスズちゃんと同じで学校に馴染めなくて、スズちゃんが初めて出来た友達だから」


ひよりは落ち着きを取り戻そうと静かに話をつづけた。つぐみはそれを親身に聞き、四郎も優しい目で聞いていた。


「ひよりちゃんもB&B好きなんだね」

「これ、スズちゃんとお揃いなんです」


つぐみはひよりのカバンに付けられているキーホルダーを見て話しかける。


「最初は興味なかったんだけど、スズちゃんに勧められてから私もすっかりハマちゃった」


ひよりは涙を浮かべながらも屈託のない笑顔で話す。それだけで二人の仲の良さが伺えた。


聞き込みを終え署に帰った頃、辺りはすっかり暗くなっていた。


「鴉城さん? 四課はこっちですよ?」


四郎は四課とは逆方向に歩き出す。その先は、捜査一課であった。四郎は迷いなく一課の事務所へと入って行く。部外者を見る周りの視線を感じながらも四郎は進んでいく。


「な、なんだ急に!?」

「調べて貰い事がある」

「あのなぁ、こっちも忙しいんだ。お前ら四課のゴミ漁りに付き合ってらんないんだよ」


男の怒鳴り声が響き、一瞬室内が静かになる。男は罰が悪そうに周りを見渡した後、四郎の腕を掴んで廊下へと引きずり出す。


「まったく、毎度毎度お前は、後で申請出しとけ、暇になったら調べて届けてやる」

「す、すいません。お仕事中にお騒がせして」


四郎の後を心配そうに付いてきたつぐみが男性に向かって謝る。


「君は?」

「四課に配属されました、雛庭つぐみと申します」

「捜査一課の鷹宮恭介たかみや きょうすけだ。君からもこいつによく言ってやってくれ」


恭介は諦めたようにため息を吐き、つぐみも愛想笑いを浮かべた。


「しかし、君もあんな変人と一緒にいないで、早く異動届を出した方がいい」

「それってどういう意味ですか?」

「意味も何も、四課は死体とゴミを漁るカラスの集まりさ。ただ、我々の捜査通りに資料を作って検察に届ければいのに余計なことを」


恭介の物言いにつぐみはムッとする。


「そ、そんなことありません。必要のない仕事なんてないんです。鴉城さん、もう行きましょう!」


頭にきたつぐみは四郎を引っ張りその場を後にする。

しばらく歩き、一課の目線から外れた頃、つぐみは立ち止まり四郎に頭を下げた。


「すいません、ついカッとなって大人げない対応をしてしまいました」

「一課の資料は後で取り寄せるからいいよ。先に鑑識に行こうか」


四郎は目的を変更し、薄暗い廊下を歩いて行った。


「こんばんわ」


つぐみの声が室内に響く。

薄暗い電球の下、鑑識班の事務所には一人黙々と作業をする人影があった。


「ん? なに、こんな時間に?」


疲れた顔を覗かせながら和達文目わだち あやめは言葉を発した。


「ご、ごめんなさい。こんな時間に迷惑ですよね、」

「すまない和達、少し時間貰うぞ」


謝るつぐみに対して、四郎は気にする様子もなく話を進めていく。


「まったくあんたは、そんなんだから一課にも目を付けられるのよ」

「仕事に支障がなければ構わない」

「相変わらずね、それで何の用?」

「先日起きた女児の殺害事件についてだ」

「あの事件ね、やっぱり四課の手に渡ったのね。検視結果用意してあるわよ」


全てを察したのか文目は席を立つと二人を隣の資料室へと案内した。


「そういえば始めましてね。私は和達文目、よろしくね」

「新しく四課に配属になりました雛庭つぐみです。よろしくお願いします」

「あなたも大変ね、彼あんな性格だから大変でしょ?」


仲良く話す二人に四郎は先を急かす。

資料室にはいくつものファイルや写真が並べられている、文目は一つの資料を掴みだす。


「これが少女の検視結果、直接の死因は絞殺ね。首に絞められた跡があるでしょ?」


写真には無残な姿で映る少女が収められていた。つぐみはその光景を見て目を逸らす。


「首は手で締め上げたのか?」

「えぇそうよ、締め上げたのは自殺した被疑者で間違いないわ」

「体中にある暴行の跡については?」

「これは何かに殴られたというより、何かに当たったように思えるわ。車や地面とかにね」

「つまり自殺の線もあると?」

「あくまで死因は絞殺だから殺人は間違いないわ、それと他に」

「体中の痣だろ?」

「えぇそうよ。この痣はここ最近出来たものではないわ。もっと前から繰り返し付けられたものよ」


二人の会話を聞いてつぐみはたまらず声を発する。


「それって日常的に暴行を受けていたってことですか?」

「その可能性は高いわね、イジメか虐待かは定かではないけどね」


つぐみの言葉に冷静になって文目が告げる。


「そして、こっちが被疑者の結果よ」


そには眠るように死んでいる男性の姿が映され、先ほどの少女とは違い綺麗なままであった。


「殺された少女はあんな無残な姿なのに、殺した犯人は綺麗なままなんてなんか許せないですね」


つぐみは怒りとも悲しみともいえる表情を浮かべて写真を見つめる。


「確かに綺麗すぎる、不自然なほどにな」

「えぇ、被疑者の男性は少女の正面から首を絞めているわ。それなのに、少女の抵抗した跡が見られない」


つぐみがそこまで聞いて疑問に思って発言する。


「怪我を負っていたので動けなかったとか?」

「確かに骨折や打撲は数か所はあったわ、でも意識はあり動けないほどじゃないわ」

「なら、手足を縛ってたとか、」

「そんな形跡も残ってない。結果だけ見ると、少女は無抵抗なまま男に正面から首を絞められて殺された」


この不可思議な状況につぐみの思考は追いついてこなかった。四郎も明確な答えが思い浮かばないのか口をつぐんだままである。


◆◆◆


「おはようございます!」


翌日四課の事務所に明るいつぐみの声が響く、そこには窓際でコーヒーを飲む四郎がいた。


「す、すいません。朝からうるさかったですよね。早い出勤ですね」

「おはよう」


四郎は一言だけ挨拶し考え込むように窓の外に目線を向けた。つぐみは、自分のデスクへと向かうと封筒が置かれていた。一応四郎に断りを入れて中身を確認する。

そこには被疑者の経歴や身分証などと一緒に、工事現場の写真が同封されていた。


「この場所はいったい?」

「津久井スズメの転落現場だ、血痕も見つかったし目撃証言もある。そこから落ちてあの怪我を負ったんだろう」

「それじゃあ、鷺沼はスズメちゃんを突き落とした後に自宅に連れ帰って絞殺したってことですか?」

「そうなるな」


つぐみは鷺沼の不可解な行動に疑問が付きななった。ファイルを探ると他にも資料ができてきた。ふと鷺沼の免許証に目が行く。


「証明書の写真ってどうして上手く取れないんでしょうかね、取り直しさせてもらえると有難いのに」

「そんなに見栄えを気にするなら、写真を持ち込めばいいじゃないか」

「更新行く前に髪の毛くらい切って行けば良かったのに」


つぐみの手にしている鷺沼の写真は、昔撮ったものだろうか髪の毛が目元まで隠れるほど伸びていた。現在のさっぱりとした印象とはだいぶ違く暗い印象を与えた。


「もう一度聞き込みに行くぞ」

「え、あ、はい」


四郎は思うところがあるのかつぐみに声をかけると、急ぎ上着を手に部屋を出て行った。


◆◆◆


津久井家についた二人は母親に連絡し再度面会の機会を頂いた。玄関のドアを開けると、そこには見知らぬ男性がいた。


「今日は主人もお休みなんです」

「そうでしたか。是非一緒に話を伺えれば」


つぐみは父親に向かって話しかけるが、彼は渋い顔をしてリビングに引っ込んでいった。

母親は苦笑いしながら二人を家に招き入れた。


「そもそもお前らがしっかりしていないからあんな変質者に娘を殺されたんだ!」


リビングへと通されるなり父親の怒号が飛ぶ、どうやら気難しい性格らしく四郎たちに怒鳴り散らした。


「もとはといえば、お前の子育て方が悪いんだ」

「私だって、できる限りスズメに尽くしてきたわ。あなたこそ何でも私に押し付けて」

「俺は毎日働いて疲れているんだ!」


ヒートアップする夫婦に二人は言葉を失い、とてもまともに話を聞ける状態ではなかった。


「なんだか気難しい父親でしたね、ちょっと思ってた感じと違いました」

「どんな父親を想像していたんだ?」

「それは、優しい父親かと」


四郎たちは次に再度管理人のもとを訪ね四郎は質問を繰り出す。


「ちょっと一つだけ質問いいですか?」

「この方なんですけど、ご存じですか?」


管理人は四郎の取り出した写真を見つめ、悲しい目でに答える。


「あぁ、亡くなった子のお父さんね。最近見ないし余程落ち込んでるのね」

「そうですか、ありがとうございました」


四郎はそれだけ聞くと管理人に挨拶しその場を後にした。

二人の会話に驚きを隠せないつぐみは急いで四郎の後を追いかけていった。


「鴉城さん、いったいどうゆうことなんですか?」

「たぶん、そろそろ一課からの報告もあるだろう。署に戻るぞ」


四郎はつぐみの質問に答えないまま歩き続けた。


◆◆◆


四課に戻ると悪態をつく恭介の声が飛び込んできた。どうやら頼んでおいた調べ物を持ってきてくれたらしい。


「わざわざ待ってなくても、結果の資料だけ置いて行ってくれればいいのに」

「なんだと!」

「まぁまぁ二人とも落ち着いて」


言い争いを始める二人の間を宥めるつぐみ。


「恭介がわざわざ待ってたということは、やはり予想通りか」

「あぁ、お前の言う通りだった。過去に数件、児童相談所に通報があったよ」


恭介の言葉に驚きを隠せないつぐみ。恭介も事件の真相について聞きたいのか四郎の言葉を待った。


「やはりな、今回の事件。これは殺人ではなく自殺ほう助だ」

「それってスズメちゃん自身が鷺沼にお願いしたってことですか?」


つぐみの問いかけに四郎は頷いて答える。


「自殺ってなんでそんなことを、」

「原因は恐らく虐待だろうな」


津久井家の児童虐待の知らせは何度か児童相談所に届いていたそうだ。

相談所の所員も何度か自宅に伺ったがその確固たる証拠は掴めていなかった。


「しかし、なんでそこに気づいた?」


恭介は四郎に経緯を訪ねる。


「最初の違和感は、少女の家に行った時だ。ほとんどの家庭であるだろうものがなかった」

「それは、いったい?」

「写真だよ、家族写真。普通どこの家も家族で撮った写真や子供の写真は飾っておくものだろ?」


四郎の意見につぐみは納得しさらに疑問を投げかける。


「なら、管理人さんが言っていた仲良さそうな親子って」

「あれは鷺沼と少女のことだ」


ここに来る前、四郎が管理人に差し出した写真には鷺沼の顔が写されていた。

管理人はその写真を見てスズメの父親であると証言していたのだ。


「管理人は昔の髪が伸びてた頃の鷺沼しか知らなかったんだろう。今の清潔感のある服装とは別人だからな。それで父親と誤認したんだ」

「しかしなんで被害者と被疑者が仲良く並んで歩いているんだ?」


恭介は更なる疑問を四郎にぶつける。


「二人は相当仲が良かったのだろう、親子と認識されるほどに。鷺沼は親よりも少女の事を理解していたからな」

「なぜ、そんなことが言える」

「少女の部屋見ただろ?」


四郎の言葉に恭介は現場を思い出して頷く。


「あぁ見た、子供らしい部屋じゃないか。それがどうした?」

「子供すぎるんだよ」


つぐみはその言葉でハッとしたようで声を上げる。


「そうか、たしかに14歳にしては子供すぎてた。それに彼女はお人形よりB&Bにハマッていた」

「そうだ、まだ被害者の殺害現場の方が少女の部屋っぽかった」


鷺沼の部屋は確かに少女の趣味に沿った物がたくさん置かれていた。


「父親はもとより、母親も少女と過ごす時間は少なく会話もほとんどなかったんだろう。それで、娘の趣味趣向も幼い時のままで止まっていた」

「鷺沼と少女が仲がいいことは分かった。しかしそれでなんで殺人じゃないと言い切れる?」


恭介からは更なる疑問が噴き出す。


「それは、鷺沼に殺害の意思がなかったからさ」

「だから、なんでそれが言い切れるんだ!」

「死亡時の少女の格好だよ」


四郎の言葉を聞いて二人は殺害現場を思い出そうと口をつぐんだ。


「少女は綺麗すぎたんだ、暴れた形跡も傷を負った形跡もない。工事現場から落ちて出来た傷さえ手当されていた」


警察が鷺沼の部屋に踏み込んだ際、目にした少女の遺体は身なりが整い、頭や腕には包帯がまかれていた。


「少女は前々から鷺沼のもとを訪れていたんだろう。事件当日も、本来なら家に帰るところが、少女は日常には戻らなかった。そこで自ら命を絶とうとしたんだ、工事現場から身を投げてな」

「しかし、死ねなかった」

「そうだ、そこに居合わせた鷺沼は少女を助けようとした。しかし、懇願する少女に負けて彼女の自殺に手を貸してしまった」

「それで責任を感じて、自らも命を絶ったんですね?」


四郎の説目に合わせてつぐみが相槌を打つ。


「でも、なんで鷺沼まで自殺なんて」

「鷺沼は少女の事を娘のように愛していたんだろう」

「そんな、赤の他人に親心なんて」

「親子の絆は血で繋がるものじゃないんだよ」


つぐみの悲しそうな声に、四郎は優しい声で答えてあげた。


「そんなの、お互いが報われないじゃないですか」


つぐみはやりきれない気持ちで呟いた。

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