冷たい部屋の中をほっとあたためてくれるような、誰かの心に寄り添う作品

 声が聞こえてくるようだった。
 曖昧な表現で申し訳ないのだが、音としての声ではなく、内から響くように声が聞こえた気がしたのだ。
 そうした感情を呼び起こす理由として、語りの上手さもあるが、それと共に、心の描き方がとても丁寧で、繊細で、優しい。そして、現状の説明と主人公の心の内が上手くリンクし、情景として浮かび上がるところにあると思う。
 語りというのは文章表現という小説ジャンルおいてとても重要なもので、この作品にはその語りの美しさがあると感じた。
 技術だけでなく、きちんと心に寄り添いながら書くという優しさが感じられる。ただ美しさを、人物の心の内を吐露することも文学の形ではあるが、こうした普遍的な感情を淡く、繊細に、あたたかく描き出すのもまた文学という形であると思う。
 主人公はまだ前を向ききれない。ある意味では、家という場を介して、思い出とぬくもりにとらわれていると言える。
 けれど、人の足を前に進めるのもまた、思い出なのだ。文章という形で、主人公は思い出と向き合う。祖母が言葉を辞書から丁寧に拾い上げ川柳を紡いだように、これから主人公も、心の内から様々な感情をすくいあげ小説を綴っていくのだろう。
 哀愁も感じるが、それ以上に真っすぐであたたかな作品であると感じた。
 冷たい部屋の中をほっとあたためてくれるような、誰かの心に寄り添う作品だ。