この美しい話を語るのは桜の木である「わたし」。
色取り取りの鮮やかな花がたのしめる花壇から、ちょっと離れたこんなところに咲くわたしを見つけてくれたのはフラワー委員に選ばれた男の子。
新入生と見紛うくらいに小柄な男の子との出会いの春。
梅雨が明けてやっと晴れたその日に、彼が涙を流した夏。
落葉の季節、思い出した頃に彼が訪れてくれる秋。
彼が「わたし」の前で思いを告げた冬。
そして、彼らを見届けた春へと――。
その一年は「わたし」にとってあたたかで、でも苦い一年だったかもしれません。
彼と過ごした一年間、彼が語ってくれた様々な思い、そして彼が歌ってくれたあたたかでうつくしい音楽。
「わたし」の心情に触れたとき、「わたし」がただの桜の木には見えなくなっていることでしょう。
彼よりちょっと年上のお姉さん、彼のお母さんくらいの女性、あるいは人生のたのしいこと辛いこと苦いこと、そのすべてを経験した老女。心に浮かんだ「ひと」はどんな女性でしょうか。ハッピーエンド、それとも?
ぜひ、この物語に触れて、心地の良い時間を過ごして頂きたいです。
とてもとても素敵な物語だった。
短い物語の中で、これほど心が動かされることも中々ない。
語り部である桜の木は勿論、出てくる人物がみなとても愛おしい。
煌びやかな青春、切ない恋心。桜の木を通じて語られるそうした日々のすべてが心に響く。
ジャンルでいえばファンタジーなのかもしれないが、そうしたジャンルに馴染みがない読者の心にも響くと感じる。それは、しっかりとこの物語の中に、キャラクターが生きているからだろう。だからこそ、恋を微笑ましく思うし、叶うことのない気持ちに切なくもなる。生きているからこそ、その感情が単なる表現としてではなく、読み手にも伝わる。
ラストもとても良い。切ないけれど、素敵で優しいその幕引きは、とても心地よい読後の余韻を生む。
とても美しく、優しく、素敵な作品。